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2007年3月 1日 (木)

ヒットラーの最期の12日間 2006年2月2日

いよいよ青色申告の季節。源泉徴収票を整理していたら、年金の現況届けの葉書が混じっていた。提出期限は1月31日ですでに過ぎている。遅れたら年金支払いを一時停止するとある。それで、5時過ぎに慌てて赤羽本局まで葉書を出しに行った。これで明2日には届く。これから、役所がどう処理するのか興味がある。
しかし、釈然としない。どこに住んでいようと銀行口座に変わりはないのだから、さっさと払うべきだ。ミスを誘うようなこの制度には納得できない。

最近、制作に行き詰まった時、インターネットの映画予告を見る。小さな画面で2分間は物足りない。しかし、広告として精魂込めて作られているので感動はある。この刺激はイメージの掘り起こしに役立つ。

 予告編ばかり見ていたので無性に映画が見たくなって、赤羽本局の帰り、ドイツ映画「ヒットラーの最期の12日間」のDVDを借りた。食後、ちょっと見たらそのまま引きずりら込まれ2時間半見続けた。ドイツ映画らしい緻密な作りで、終わるとドーンと重いものが残った。

ヒットラーの総統としての狂気と善良な普通の人間の部分。地上戦に巻き込まれたドイツ国民の悲惨さ。全編、廃墟と死と享楽と狂気。終わり、主人公の女性秘書が脱出に成功して田園地帯を少年と自転車で行くシーンに、平和の有り難さをしみじみと味わった。見終わって、自然や動物や子供や老人達は平和の象徴なのかもしれない、と思った。人と動物の違いは動物は自然の摂理に従い、自らは生き方を選ばない。しかし、人は自分達の生死まで選んでしまう。人の不幸の根源はそこにあるのかもしれない。

ドイツ映画で好きだった作品に「ベルリン天使の唄」「ブリキの太鼓」がある。それらは私の生き方に影響を与える程の重さがあった。寺山修司は、優れたドラマを味わうことは、もう一つの人生を生きるのと同じだ、と言っている。仕事のこと、母の介護のことばかり考えていたので、久しぶりに映画を見てホッとした。

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