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2007年3月 1日 (木)

何が幸せで何が不幸かは本人には見えない。 2006年1月30日

昨夜見ていたドラマに「共に生き、共に死のう」の台詞があった。
良い台詞だと思いながら、そのような人が私にもいたかどうか思い返した。しかし、はっきり思い出せない。多分、一人もいなかったような気がする。
仮に、そのような伴侶がいたとしても、実際はその幸せに気づかず、平穏無事な人生を後悔していたと思う。
何が幸せで何が不幸かは本人には見えないものだ。残念なことに、振り返ってみて始めて分かることだ。

先日の深夜、母がブザーで呼び、何か手に付いていると訴えた。しかし、何も付いていない。電気を点けて、はっきり手を見るように言うと、母は寝惚けていたことに気づいた。
最近、母は不眠気味で余分に睡眠誘導剤を飲んでいる。その副作用で幻覚を見たようだ。医師は少なく飲むように指導しているが、老人を知らない教科書的な考えである。母には数年先のことより現在の快適さが大切である。

しかし、眠れないのは困る。色々考えた末、眠るのを我慢して本当に眠くなったら少なめに睡眠剤を飲むように言っておいた。
今、母は我慢して10時頃に、いつもより少ない量を飲むようにしている。結果はすっきり眠れ気分よく目覚めるようだ。

私の方は寝付きは良いが5時間以上眠れない。不足分は午睡で補っているが、仕事の能率は悪い。若い頃、10時間以上平気で眠れていた頃が懐かしい。昔、年寄りが眠るにもエネルギーが要ると言っていたが、本当のようだ。

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