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2007年3月 1日 (木)

歳の数の節分の豆は食べられない。2006年2月3日

母は腰の治療で整形外科。腰椎の硬膜外に麻酔注射をするペインクリニックだが、結果は施術医師の技量に大きく影響される。駒込病院に入院中も母はペインクリニックは受けていたが、そこでの治療は副作用がある上効果も小さかった。今の川向こうの北赤羽整形外科の医師は40代、親切で丁寧で母は満足している。もしかすると、医師の親身な姿勢が治療効果を高めているのかもしれない。

母の治療の間、赤羽駅近くの本屋へ買い物へ出た。朝刊の広告で見た小学館の本「3拍子でみるみる覚える最速英単語」が欲しくなったからだ。CDが付録に有るのも良い。
昼食後、すぐにCDを再生してみた。しかし、大半は難しくてチンプンカンプン。前書きを読むと中学英語を習熟した人の為の大学受験英語とある。道理で難しいはずだ。自慢することではないが、高校時代、私は英語の教科書をまったく開かずに、授業中は絵ばかり描いていた。しかたがないので連想法で覚えることにした。sensitive--センスィティヴ--敏感な、これは裸の女性が扇子で恥部を隠している図柄で。mature--マテュア--成熟した、これは「町には成熟した人が多い」で。この辺りは簡単だが前途多難。やはり、10代に覚えておいたが楽だった。

夕暮れには豆まき。母は歳の数の豆はとても食べられないとぼやいていた。
「そう言えば、甚平さんも歳の数は多すぎる、って笑っていた。」と母は大昔に亡くなった甚平じいさんのことを思い出していた。
こちらへ引っ越して始めての節分の時は豆ガラをくすべた。しかし、煙がいつまでも抜けないので、翌年から止めた。魔除けの柊は旧宅から持って来た植木鉢の柊の枝を使ったが、ベランダの環境が合わず枯れてしまった。形は簡略でも、母が存命の内は季節の行事は続けるつもりだ。

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