酔っぱらった二人連れの女の子に絡まれた。2006年3月26日
金曜は、注文絵の仕上げに額作りに撮影に追われていた。
撮影は当サイトでもリンクしている上條写真館にお願いした。上條氏によると、最近は銀塩フィメルムは使わず、殆どデジタルに変わったようだ。しかし、今回は絵の注文主に渡す為のポジなので、銀塩撮影にしてもらった。
私も、最近は原画をスキャンしてデーター化したものを納品に使っている。
昔ながらのスタジオ撮影はとても懐かしい。ついでにプロ仕様でデジタル撮影もしてもらい、後は上條氏から薩摩白波を御馳走になった。薩摩白波はかのパロル舎御用達のイモ焼酎で、骨太の通好みの焼酎だ。
私が育った人口4000の小さな港町大堂津には、焼酎の醸造所が2軒あった。その頃のイモ焼酎は今よりかなり癖が強かった。
「よくもあんな臭い酒を飲めるものだ。」
博多育ちの父はバカにしていたが、小学生の私はこっそり味見をして「どうして、バカにするんだろう。」と思っていた。
久しぶりにうまい酒を飲み、ほろ酔いかげんで帰路についた。
地下鉄東西線で高田馬場に出て、山手線に乗り換えた。
「何よこれ。」
終電近くの満員電車に持ち込んだ大きなキャンバスに、酔った若い女の子二人が絡んだ。二人とも流行の薄手のふわりとした花柄のスカートで、スラリとした色白の足が美しい。
「絵だよ。」
私は不機嫌に答えた。
「おじさん、絵描きなの。」
片方がキャンバスの渕を掴んだ。目の前に伸びて来た若い手にドギマギしていると、「絵を見せて。」と、二人はダダをこねた。
「ここじゃ無理だよ。」と私は名刺を渡した。二人は名刺にプリントした作品を見て、「とても上手い。」とほめてくれた。
池袋で私と二人は下車した。女の子たちは最終に間に合うように西武線方面へ小走りで去って行った。
一人になった埼京線で、昔はこのようなシーンが何度もあった、と思い返した。
北赤羽停車は終わっていたので、赤羽駅から北赤羽まで暗い夜道を歩いた。
彼女たちはホームページを開いてくれるだろうか。開いても、メールまでは無理だろうと思った。歩く内に酔いが覚め、夜風が冷たく、ちょっと切なくなった。
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