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2007年3月16日 (金)

杖止めて遠く眺むる花吹雪 2006年4月1日

桜尽くしで日が暮れる。
今日のように土曜日と好天と満開が重なるのは滅多に無い。いつもは静かな病院下の桜並木も三々五々連れ歩く人が目についた。
緑道公園の桜広場には町会主催の縁日が立ち賑わっていた。しかし、すぐ近所の自然公園には旧軍時代からの見事な古木が有るのに見る人は少なかった。
古民家の顔馴染みの係の人が「近く句会があります。」と話しかけてきた。彼女は私が俳句好きなことを知っている。季題は桜。「桜とは、当たり前過ぎて難しいですね。」と答えると、彼女も頷いていた。私は縁側に寝転んで青空を見上げながら、桜を詠んでみた。

老人の声静かなり花の道
陋屋に寄り添うように花明かり
杖止めて遠く眺むる花吹雪
思い出を記して消える花の街

帰りは駅前に出た。途中赤羽台団地には、鬱金桜、大島桜、牡丹桜、色々と有りこれから咲き始める。しかし、この団地も老人だけになってしまい、眺める人も無く静かに咲いて散るだけである。

団地から旧坂を下ると亀池弁天の小さな祠がある。今日は弁天様の祭礼で可愛い出店が数軒出ていた。母の車椅子に気付いた祭りの準備中の老人達は気持ちよく祠への道を開けてくれた。私は賽銭箱へ45円入れて、生き残れるようにお願いした。3月末にあるはずのプレゼン結果の知らせはまだ無い。知らせは遅れる時は大抵決まらない時である。もし決まれば、来年末までの生活の安定を得ることができる。

その後、駅隣のレンタルビデオ店へ寄り、先日借りた「グリム兄弟」のDVDを返した。これは思った程ではなかったが、一緒に借りた「トロイ」は良かった。
原作のホメーロスの「イーリアス」は10代に読んだ。トロイの王子ヘクトルがアキレスに倒され、父王の前を戦車に引きずられて行くシーンは哀れで心に残っていた。この神話と映画はかなり違っているが、私は良い作品だと思った。しかし、ヒットはしなかったようだ。

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