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2007年3月20日 (火)

明日は母の胃カメラ。2006年4月30日

午前中に母の散歩を済ませ、午後は赤羽駅前へ買い物へ出た。街は祭りの人並みと騒音で落ちつかなかった。ゴールデンウィーク中、赤羽では馬鹿祭りと呼ばれる戦後作られた祭りが開催される。しかし、新しい祭りは風情がなく五月蝿いだけで疲れる。急いで買い物を済ませ、帰りは埼京線を使った。

ホームは行楽へ向かう若者達で賑わっていた。次の北赤羽への各駅停車は本数が少なく20分待ちだ。私はホームの柵に寄りかかり、のんびり人並みを眺めた。母を伴っていないと開放感を感じる。お出かけスタイルの若者達はとても楽しそうだ。眺めているだけで、彼らの高揚感が伝わって来る。自分にもそのような時代があったと、若い頃を懐かしく思い返した。

帰宅して間もなくYさんが寿司とビールを届けてくれた。先週亡くなったモモちゃんの初七日の供養である。後で、私はYさん宅を訪ね、モモちゃんに線香をあげた。ペットと暮らした事のない方には理解しがたいことだが、肉親を亡くすよりペットの死は悲しかったりする。小さな遺骨に手を合わせながら、あらためて、モモちゃんがいない無常観が胸に迫った。

夕食は頂いた寿司を母と食べた。母は体調が悪く、食べたのは穴子1個のみで、残り二人分は私が全部食べた。
食後、ビールを飲んだ。一人でテレビを見ながら飲むビールは美味しくもあり、ほろ苦くもある。私は母が睡眠薬を飲み始めた2日前から殆ど寝ていない。睡眠薬服用中の老人は小用で目覚めた時の転倒が多いので、それが気になって眠れなかったのである。

寝不足の体には直ぐに酔いがまわり、いつの間にか眠っていた。30分程寝ている間、変な夢を見た。我が家には自分一人だけで、どの部屋も埃が積もっていた。目覚めてから一人は辛いと思った

母に夜中のふらつきの傾向は無かった。今夜から私も安眠できる。
明日は母の胃カメラである。このところ毎日、母を病院へ連れて行っている気がする。しかし、仕事の立て直しも急務で、心身共に疲れる日が続く。
母は体調の良い日と悪い日が交互に訪れる。衰えて行く現実を受け入れるのは母にも私にも辛いことだ。今夜はベットへ向かう母の後ろ姿が、一段と小さく感じた。それでも、日々是好日と思うことにしている。一人になった自分より、大変でも二人の方が良いからである。

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