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2007年3月18日 (日)

桜は色々な記憶を目覚めさせる。2006年4月8日

自然公園の桜は冷たい風に吹かれて散っていた。母は突然90年近く昔のことを話し始めた。それは久留米の筑後川河畔での花見のシーンであった。母は両親達と花見に来ていた。昔の花見は今以上の飲めや歌えの大騒ぎである。そのうち養父健太郎の兄嫁おそでさんが皆に囃し立てられて踊り始めた。座は一層盛り上がったが、おそでさんの一人息子てっちゃんは座から離れ、恥ずかしそうにうつむいていた。母がそれを見っけ「てっしゃんが泣いとるよ。」と言うと「泣いとってもよかよか。」とおそでさんは楽しそうに踊り続けた。
母は陽光溢れる河畔の情景を昨日の事のように思い出していた。
私には踊り続けているおそでさんの気持ちがとても理解できた。

おそでさんは数奇な人である。亭主熊太郎は母の養父健太郎の兄で役者のような二枚目だった。おまけに腕っ節も強く女にモテた。となればお定まりのコース、遊びが過ぎて大借金を作りおそでさんを遊郭に売ってしまった。
それを知った祖母は激怒した。知り合いの女達を集め、皆でお金を工面して、即刻おそでさんを身請けしてしまった。しかし、熊太郎は別の女の所へ行ったきり戻ってこない。しかも、家には熊太郎の実母が残されている。おそでさんは「何で身請けなんかしたと。遊郭の方が楽でよかつたとに。」と祖母に文句を言ったそうだ。だが、おそでさんは明治の女である。足袋作りの内職をしながら、姑を死ぬまで面倒見て、一人息子を育て上げた。
--久留米は織物や足袋の名産地である。その中の足袋屋の老舗が石橋商店で、今の世界企業ブリッジストーンの前身である。

第二次世界大戦に突入した頃、息子てっちゃんは立派に成人し、結婚して初孫が生まれた。だが若妻は出産直後亡くなってしまった。更に悪い事に、その日召集令状が届いた。てっちゃんは生まれたての長男をおそでさんに預け、葬式から喪服姿で出征して行った。そして3ケ月後、南方に向かう輸送船が撃沈され戦死してしまった。
老齢のおそでさんは、戦後の混乱期、必死に働いて孫を育て上げた。そして、孫は成人し家族を持ち、おそでさんはやっと静かな余生を送る事が出来た。

桜は色々な記憶を目覚めさせ、散って新緑に変わるにつれ、記憶は夢のように遠くなって行く。

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