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2007年3月21日 (水)

子供トカゲを見つけて母は喜んだ。小さな自然でも心和む。2006年5月15日

午前中、母は東京北社会保険病院眼科。緑内障は先月と変わりなく私も母も安堵した。

午後は生協浮間診療所へ連れて行くので無理はしない。自然公園は休み、病院の庭を少し歩かせた。ここは戦前の陸軍病院の頃からの木々が鬱蒼と茂っていて心地良い。芝生には先日まで咲いていたすみれが勢い良く繁茂していた。
「来年もすみれを見に来ようね。」と母に言うと、母は曖昧に頷いた。内心、無理だと思っているようだ。
久しぶりの好天でカラスの豌豆が日差し中に元気に茂っていた。その葉上をチョロチョロ逃げて行く子供トカゲを見つけて母は喜んだ。小さな自然でも心和む。

午後の浮間診療所では担当医師の引き継ぎがあった。任期は3年なので母の診察は新任医師で全うしそうだ。診察は前任と新任と若い研修医3人で丁寧に行われた。結果はこれと言って緊急性のある箇所はない。母は3人の医師による丁寧な診察で満足していた。その所為か、帰宅してもいつもより元気に見えた。

明朝からは母のポータブルトイレのバケツの処理は全面的に私がすることにした。今までも危なっかしい母と無理に代わって私がやっていたが、母には辛い事だったようだ。しかし、今にも粗相しそうな現実を思うと、母も納得する他なかったようだ。認知症の母親の介護をしている友人によると、その点では表面的にプライドが消失しているので楽らしい。

夜は新しいホームページソフトdreamweaver 8を使って写真日記を更新した。私のホームページは以前のdreamweaver 3でもまったく問題は無く維持できるのだが、今使っているMacOS10には対応していないので、バージョンアップする他なかった。しかし、dreamweaver 8の方は不要な機能ばかりで使いづらい。基本は旧バージョンと変わらないが、実際は混乱が多く、結局、画像データの余分なput作業が加わってしまい、全画像を点検するはめになった。これは大掃除で畳下の古新聞を見つけた感覚に似ている。

その昔の写真画像の中に元気な母を見つけ複雑な気持ちになった。しかし、老いは後戻りできない。日々の中、母が少し元気であれば喜び、たとえ弱っても生きていることを喜ぶ。これからの私は、そのようなポジティブな捉え方をしなければならないのかもしれない。

☆写真日記 http://homepage2.nifty.com/m4s/jmx.html
5枚掲載

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