映画好きの母には、寅さん映画はどんな薬より効果がある。2006年5月24日
先日、非通知の電話がかかってきた。受話器から聞こえたのは陰気な泣き声だった。
「もしもし、お父さん。ぼくです。」
と言われても、私には子供はいない。
「どちらにおかけになりましたか。」とすかさず聞き返すと、
「近藤さんですか。間違ったのかな。」と、泣き声から急に素の白けた声に変わって切れた。これが流行のオレオレ詐欺なのかな、と思ったが、真偽はわからない。
しかし、今度かかったらからかってやろうと、色々考えていたら楽しくなった。
たとえば、息子が痴漢で捕まっている筋書きの詐欺には、適当に息子の名前をタケシとかつけて、「タケシか。泣くな。やってしまったことは仕方がない。お父さんはお前を許すから、きちんと罪の償いをして来なさい。お父さんはいつまでも待っているぞ。」
と答えたら、後の展開が面白そうだった。
車椅子を押しながら母にその話しをすると、とても喜んでいた。
この数日、母は少し元気になった。しかし、以前の距離は歩けない。それで、歩幅広く歩いてもらうことにした。今までの狭い歩幅と比べると筋力が付く。
今の母はそれまで出来ていた事が、翌日には出来なくなる繰り返しである。先週までは朝起きるとポータブルトイレの始末を自分でしていたが、今は私がやっている。そのように、一つ一つ出来ることが減って行って、最期は何も出来なくなるのだろう。
だが、元気な頃に執着すると母も私も辛くなる。難しいけど、弱って行く現実をそのまま受け入れる他無い。もし、夏の終わりを寝込まずに過ごし、更に正月を迎える事ができたら、神様に感謝しようと思っている。
今日は寅さんの「男はつらいよ」シリーズのDVDを借りて来て、母に見せた。30年近く前の作品で、中央アルプスが見える伊奈盆地の晩秋の風景が懐かしい。出演者も今は亡くなった人ばかりだ。いつもなら、午後になると母は疲れを訴えるのに、寅さんを実に楽しそうに見ていた。映画好きの母には、寅さん映画はどんな薬より効果があったようだ。
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