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2007年3月24日 (土)

昨日も明日もどうでも良く、今生きている事が総て。2006年6月16日

曇った涼しい日が続く。おかげで母を含め自然公園の老人達は元気だ。
今日も椎の巨木の木蔭で0さんたちと出会った。母はOさんたちと軽口を交わすのを楽しみにしている。
「お元気ですか。」と母が声をかけると、
「年取ると厭だね。去年できた事が今年は出来ないんだから。」とOさんが笑顔で答えた。
他の老人たちもすかさず相づちを打った。
それは老人たちのいつもの会話だが、若い人が聞いても実感がないと思う。
私自身も、今年も去年と同じように車椅子を押すことが出来るし、体力の衰えは感じていない。しかし、老人たちはどんなに頑張っても日に日に衰えて行く。そして、その現実を受け入れることに腐心している。

今日の朝日新聞に米誌ナショナル・ジオグラフィックの写真が載っていた。
写真には、広い空と自然林を背景に鏡のような水面広がり、その中央でワニのような顔が正面を見据えていた。私は一瞬、ワニの写真と思ったのだが、ワニより可愛くて愛嬌がある。添え書きを丁寧に読むとワニではなくウシガエルとあった。

そのウシガエルの表情が実に良かった。何の揺らぎもなく「昨日も明日もどうでも良い。今生きている事が総てだ。」とでも言いたげに正面を見据えている。
彼はやがて他の動物に補食されるかもしれないが、今の一瞬に何の疑いもなく生きている。彼ら野生の生活を見ていると、少し老いたと言っては嘆く私たち人間が恥ずかしくなる。

今日の自然公園でも、住み着いているウシガエルが「ウーッ、ウーッ、」と低く鳴いていた。オオヨシキリはいつものニセアカシアの梢で元気よく鳴いていた。
ナショナル・ジオグラフィックの写真を眺めながら、身近な自然を思い返し、不思議な安らぎを覚えた。

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