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2007年3月23日 (金)

昼顔の花が風に揺れ、清楚さが心に染み入った。2006年6月1日

今日は朝から気だるかった。良く晴れて暑く、仕事が捗らない上に、母の介護保険の不服申し立ての手続きをしなくてはならず、心身共に疲れていた。

今の要支援2ではいずれ車椅子を借りられなくなってしまう。病院行きが月に7,8回はあるのにヘルパーに頼めなくなるのも辛い。これでは仕事の時間が病院行きで潰れてしまう。
加えて、家の雑用も山積している。これから必要な母の夏服は先日姉が整理していたが、いい加減なやり方で却って分からなくなってしまった。母の夜のトイレも何とかとなくてはならない。今はベット脇のポータブルトイレを使っているが、最近は体力低下でそれが大変になって来た。その上、母は体力低下で足元がふらつき、転ぶのが怖い。対処方を考えているが、どれも簡単ではない。

明日は母を整形外科へ連れて行くので、その時、不服申し立てに必要な医師の意見書を書いて貰うことにした。

自然公園でも気が晴れなかった。それで、古民家の納戸脇の薄暗い廊下に寝転んでいると少し気が晴れた。暫く寝転んだまま生け垣の昼顔を眺めていると更に心が晴れた。夏日差しの中、昼顔のピンクの花が揺れる姿は、清楚で心に染み入った。

昼食後は、医師意見書に必要な情報を纏めた。
傍らのテレビでは33年前の「ジャッカルの日」を放映していた。ジャッカル役の吹き替えの野沢那智の声が懐かしい。その頃、彼はTBSラジオ深夜放送「ナチ・チャコのパック・イン・ミュージック」で白石冬美との名コンビで楽しませてくれていた。
心が疲れている所為か、昔の事がとても懐かしい。思うような生き方ができず厭な時代であったが、経済的には恵まれていて、お金の心配はなかった。加えて、母が元気であった事も懐かしい。

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