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2007年3月24日 (土)

指扇の老人専門病院に見舞う。2006年6月20日

今日の午後、40年以上の付き合いのMさんを見舞いに行った。Mさんのご主人には昔大変に世話になったが、残念にも早世された。今、Mさんは80代で、2年前から体調がすぐれない。先日お嬢さんから重篤と聞いて見舞いに行くことにした。

病院は埼京線の指扇にある。病院へは駅から大宮方面に引き返し、埼京線の踏切を過ぎ、遠くに見える16号線バイパスへ向かって歩く。
今日は久しぶりの夏日差しで暑い。幅50センチ程の歩道は、水たまり、側溝の古い蓋、ひび割れたアスファルト、と凸凹で歩きにくい。更にその脇を大型トラックが猛スピードで行き来する。この歩道を車椅子で行くのはまったく無理である。他の埼玉の街同様、ここも自動車本位で弱者への配慮は感じられない。

ホームページの地図で、病院は指扇駅に接するように描かれていたが、実際はかなり遠い。その上、道筋の雑然さが憂鬱にさせる。牛丼屋そっくりの整骨院。喫茶店かと思うとリハビリ施設。連れ込みホテルと見紛う小児科医院。その統一感のない街並に排気ガスをまき散らして激走する車列。その憂鬱な道を1キロ程歩いた頃、昔風の洋品店がポツンとあった。軒先にツバメの巣。大きくなったヒナが3羽、首をかしげて私を見下ろしていた。立ち止まりヒナたちを眺めていると、一瞬に気持ちが和んだ。やはり、田舎は田舎らしい方が素晴らしい。

ようやく16号線バイパスに辿り着き、高架下をくぐると病院があった。
都内の病院はセキュリティが厳しく受付で記帳させられるが、この辺りはまだルーズで、何の関門もなくMさんの病室へ行けた。

Mさんは看護婦さんに処置を受けていた。15分程終わるのを待って、Mさんのベットへ行った。以前はふっくらとしていた人だったが、病のため見違える程痩せていた。

「まさきさん。来てくれたの。」Mさんは嬉しそうな顔をした。私は万感迫り言葉が出ず、不覚にも涙が込み上げて来た。Mさんもしきりに目頭を押さえるので傍らのティッシュを渡した。
Mさんは私の仕事のことをしきりに心配していた。30分ほど枕元にいて、また来ますと言うと、Mさんは忙しいのに無理しなくても良いと気遣った。

帰りの指扇駅は上りも下りも学校帰りの高校生の男女で溢れていた。その若さに取り囲まれていると、対照的に老いたMさんや母の事が頭をよぎった。

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