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2007年3月23日 (金)

母に必要なのは事実ではなく、医師の笑顔であった。2006年6月2日

朝8時、整形外科へ母のペインクリニックへ行った。治療の前に、母の現状を纏めた文書を医師に渡し、介護保険変更申請に必要な主治医意見書の作成を頼んだ。

母の神経ブロック治療は1時間かかる。その間を利用して、赤羽駅構内のビデオ屋にDVD返却に行った。しかし、ビデオ屋もイトーヨーカ堂もユニクロもシャッターが降りたまま。何事が起きたと慌てたが、時間は9時27分、開店10時までに30分はあった。

すぐに、とって返すと母の治療は終わり、意見書作成の為に全身のレントゲン撮影中だった。この整形外科のレントゲンはデジタル撮影でPC処理されるので鮮明である。
両膝の人工関節は手術から10年目だが、弛みも無く極めて良好。この手術は老人センターの名医の仕事である。腰椎の圧迫骨折の変化はなかった。医師が気にしたのは右肺で、胸水が溜まっているように見えるが、専門外なので内科で確かめたが良いとの事だった。

胸水が気になるので、すぐに整形外科から100メートル程離れた生協浮間診療所へ行った。それは、大病院の外科から内科へ移動する感じである。
生協浮間診療所では20分待ちで母の診察。事情を話すと、胸水の撮影はコツがあるから整形外科では分かりにくいかもしれないとのこと。早速、再度レントゲン撮影。こちらは銀塩式で少し時間がかかった。

撮り終えた写真の説明では昔の肋膜炎の跡があるが新生のものはない。肝臓が右肺を押し上げているのは手術の後遺症とのこと。しかし、その肝臓の腫れは気になる。それは医師も同じだが、精密検査した所で意味は無い。
医師は研修医の指導官をしている臨床では有能な人。敢えて肝臓の事は話題にせず「まあ、心配ないでしょう。」と笑顔。今、母に必要なのは事実ではなく、その笑顔である。診察代はレントゲンを含めて600円と格安だった。帰り道、母はとても満足していた。

母は若い頃、雨の日にお台場で海水浴をして風邪を引き肋膜炎を起こした。その時代は結核性肋膜炎は死病であったが、稲毛のサナトリウムに半年入って生還した。

昼食後、介護保険の変更申請の書類作り。手書きではなく、敢えてイラストレーターを使い書類に印字した。このデータを保存しておけば、何度でも再申請が簡単にできる。
3時に家を出て赤羽駅の向こうの地域包括支援センターに提出した。
帰宅しても延々と雑用が続き、終わったのは夜の9時、心身共に疲れてしまった。

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