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2007年3月23日 (金)

珊瑚礁が手を伸ばせば届きそうに透き通って見えた。2006年6月5日

今日も自然公園でヨシキリが鳴いていた。図鑑にあった鳴き声とは違い、私には グジユイ グジュイ トゥルルル グィグィグィ グジュイ トゥルルルル と聞こえる。大きくて元気な声に混ざって、優しくトゥルルルルと鳴く声が可愛い。図鑑の鳴き声は北海道のヨシキリなので、彼らにも方言があり、自然公園のヨシキリは東京弁で鳴いているのだろう。
大きなハリエンジュの葉の茂みからヨシキリの声が聞こえるので、暫く粘ったが、終に姿は見えなかった。毎日観察している鳥好き達に「姿を見ましたか」と聞いてみたが、誰も見ていない。よほど、身を隠すのが上手な鳥のようだ。

絵描きの宮さんからメールを貰った。写真日記のお台場を見て海を見たくなった、と書いてあった。彼の故郷の海は明るい奄美の南国の海で、東京湾の濁った海とは大きく違う。それは私も同じで、故郷、宮崎日南の入り組んだ海岸線では、珊瑚礁が手を伸ばせば届きそうに透き通って見えた。
そんな私でも、東京湾岸に近づくと海を感じ、胸がワクワクするから不思議である。海の原体験は、それ程に強烈なもののようだ。
彼への返信には、雨に煙った湾岸風景が良いと書いておいた。

若い頃なら、お台場のような行楽地へ一人で行く気にはなれなかったが、今は一人でも気にならない。むしろ、デートで女性を気遣う男性を見ていると可哀想になる。
自由に暮らしていた頃、私は女性にマメに気遣う方だったので、殊更そう感じる。
しかし、ディズニーランドなら、誰かと行きたい。出来るなら、足腰が丈夫で、一緒に一日中園内を駆け回れる女性が良い。しかし、今時、そんな女性は少ない。

昨夜、Nスペで子供の食生活の危うさを取り上げていた。朝食を抜いたり、お菓子で済ます子供が多い事に驚いた。給食を食べ残す子供も多く、残飯バケツは食べられる食品で一杯になっていた。

私の子供時代は、うっかり食べたくないとでも言ったら、たちどころに兄姉の胃袋に納まり、空腹に曝されることになった。だから、口に入るものは何でも食った。だから、元気に育ったのかもしれない。しかし、貧弱な食生活で育つた若者に一日走り回ろう、と誘っても無理なことである。

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