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2007年3月23日 (金)

母が歩けるのは、鼠径リンパ節廓清をしなかったおかげだ。2006年6月8日

昨日、自然公園での歩行を母は自発的に以前の長さに戻したが、今日は再び短くなった。昨日、母はかなり疲れたようだ。93歳の母は現状を維持していれば最良で、回復など望んでいない。今のように、少しだけ頑張ってくれればそれで良い。

母が歩けるのは、3年前の肝臓ガン手術に先立つ婦人科のガン手術のおり、鼠径リンパ節廓清をしなかったおかげだ。もし廓清していたら、下肢のリンパ液の還流が停滞して、象の足のようにむくんで歩行は難しかった。更に、浮腫み防止圧迫靴下の常用と、つま先から太ももへのマッサージも欠かせない。浮腫みを軽減させても、蚊などに刺されると毒素をせき止めるリンパ節が無いので、一気に全身へ毒素が散らばり重篤になる。そのような予後を考えると、高齢の母がリンパ節廓清をしていたら、寝たっきりになっていた可能性が大きい。
今も明確なリンパ節転移は無い。しかし、リンパ節廓清をしなかったことで母の命を縮めたのではと不安だった。

それについて、昨日の夕刊に興味深い記事があった。日本のがんセンターと米国の研究で、明確なリンパ節転移の見られないステージのがん患者に於いて、予防的リンパ節廓清したグループとしなかったグループの間に延命効果の差はない、と報じていた。

3年前、駒込病院での手術前、執刀医から鼠径リンパ節の切除を薦められた時のことを思い出す。母の場合、明らかなリンパ節転移は見られないが、20パーセントの確率で顕微鏡レベルの転移があるかもしれないと医師は言った。
私は手術承諾書にサインする前日まで、インターネットで予防的リンパ節廓清について、国内と国外、700以上の関連サイトを閲覧した。その中に、新聞記事と同様、予防的リンパ節廓清の効果はさほど認められないとの研究結果があった。
翌日、私は執刀医に予防的リンパ節廓清はしないように頼んで署名捺印した。執刀医は目の前で承諾書のリンパ節廓清の箇所を赤ボールペンで削除した。

駒込病院では、手術前に手術内容を詳細に記した承諾書を患者と取り交わす。それまで他病院で、数多く手術承諾書にサインしているが、総て、手術の結果に対していかなる不服も申し立てない、と患者側に不利なものばかりだった。比べると、駒込病院の制度は患者の意見も尊重する先進的なものだ。そのおかげて、母の予後は快適になった。

患者一人一人の状態は違う。母のケースが誰にでも当てはまる訳ではない。しかし、上記の事柄は医師とよく相談する価値があると思っている。

--その後も転移はなく、2009年、96歳の今も母は元気に散歩を続けている。

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