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2007年3月23日 (金)

介護は真面目にするほど、亡くした後の喪失感が大きい。2006年6月9日

朝から雨。今日こそ新調した雨合羽で散歩が出来たのに、あいにく母は整形外科でペインクリニック。皮肉な事に、雨合羽を買ってから着用の機会がない。
お昼前、母は腰痛が治まりすっきりした顔でヘルパーに連れられて帰宅した。今回から麻酔が変わって、よく効いているようだ。

入れ替わるように、私はお昼の食材を買いに駅前へ出かけた。赤羽市場を覗くと天然物の鯛のアラ一匹分150円。2パック買って、帰りにイトーヨーカ堂の電気製品売り場を覗いた。仕事用のドライアーはアスベストを使った古いタイプなので買い替えたい。もっとも、今更微量のアスベストを吸った所で、発ガンするまでには40年はかかり意味はない。
陳列されていたヘアドライアーは付属機能が多過ぎて仕事向きではなく、結局、買うのは止めた。帰宅して、鯛のアラはすぐに兜煮にした。天然物はやはり美味い。

認知症の介護と比べると、頭がしっかりしている母の場合は大変ではない。しかし、すぐに転ぶ母を置いての外出は難しく拘束時間は長い。私は家での仕事だから耐えられるが、気持ちは閉塞してしまう。だから、母を散歩させている時間は開放感があり、気持ちの発散になる。
それでも、自由に旅行したり、友人たちと遊んだりする楽しさとは比べ物にならない。
今は横浜へ遊びに行きたいと思っている。中華街で友人たちと食事をして、夜は、以前見つけた大桟橋の近くの波音が聞こえるバーでゆっくり飲みたい。今、一番長く自由になるのは母の通所リハビリの日だが、9時〜16時ではたいした事はできない。このように閉塞した毎日を続けていると、孤独感を感じる。

介護は真面目にするほど、亡くした後の喪失感が大きい。知人のKさんは編集の仕事を辞め、父親を一生懸命介護していたが今年の始めに亡くされて、今は喪失感に苦しんでいる。
さて、私はどうなのか。先日まで母は少し回復して、テレビを見ながら手芸をしていた。しかし、昨日今日は、疲れたとと言って午後は寝ている。変わらない人生などあり得ない。今まで幾度となく、母は弱っては回復して来た。しかし、次第に弱っている時間が長くなり、元気な時間が短くなっている。それでも弱る事と死は別物で、死の重さは比べようがない。

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