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2007年3月25日 (日)

母はホウセンカで爪を赤く染めた。2006年7月12日

朝から蒸し風呂のような暑さ。御諏訪神社脇の急坂を車椅子を押し上げていると汗が吹き出して来た。送風機付きの空調服と名付けられた作業着があるが、こんな日はそれが欲しくなる。
桜並木の薬局で処方箋の薬を貰った。その時、サービスの団扇があったので貰った。風が弱い今日は、団扇がとても役立つ。

自然公園は増々老人の姿が減った。古民家の係も客が少なくて暇を持て余していた。客の少ない施設の係程辛いものはない。以前作品展をしていた頃、客の少ない画廊で時間を潰す辛さを厭という程味わった。時計ばかり眺めているが遅々として進まず、1時間が数倍の長さに思えた。私が作品展をやりたがらない理由に、それがあるかもしれない。

今、ホウセンカが咲いている。母は花を見つけると花弁を採ってくれと言う。他所の家の庭のホウセンカでも見境がなく採ってくれと言う。もちろん他所のホウセンカを採ったりはしない。しかし、赤羽台団地の空き地に自生していたホウセンカは採っても良いだろうと思い、花弁を三ついただいた。これなら、誰からも文句は出ない。

ホウセンカは明礬で練って、小指の爪に塗ってラップで包んで置くとオレンジ色に染まる。昔はラップはなかったので朝顔の葉っぱで包んでいたようだ。これは昔の子供達の遊びである。母はそれを曾祖父から教わった。老いた今も、母はホウセンカの季節になると実行している。

染まったオレンジ色は1ケ月は落ちない。曾祖父は西南の役に西郷軍に従って城山まで行った程血の気は多い人だ。写真で見る風貌も頑強そのものである。しかし、母は女の子らしい遊びの殆どを祖母からではなく曾祖父や祖父から教わった。今思うと、どのような家庭だったのか興味深い。

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