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2007年3月25日 (日)

子供心に、アスベスト製防火服が宇宙服のように格好良く見えた。2006年7月1日

緑道公園の桜広場脇を車道が横切っている。信号待ちをしていると、化学消防隊の深紅の車列がけたたましくサイレンを鳴らして疾走して行った。走り去った方角は志茂辺り。その方面の工場が火災なのかもしれない。蒸し暑い中、分厚い防火服の重装備で火炎に立ち向かう隊員の姿は想像しただけで汗が噴き出して来る。

消防の特殊防火服は今はガラス繊維が使われているが、昔は今問題になっているアスベストで作られていた。子供の頃、見学した産業博覧会に原料のアスベスト鉱石と、それから作られた特殊防火服が並べて置かれていたことがあった。アルミ箔で銀色に輝く特殊防火服はSF映画の宇宙服のように格好良く見えた。医学関係者に石綿肺の危険は認識されていたが、今程一般的ではなかった時代の事である。

先日、新聞記事で大阪泉南に昔あった石綿村を取り上げていた。そこにはアスベスト加工の町工場が集まっていて、工員達は素手で防塵マスクもせずに、アスベストから布や紐を加工していた。今考えるととんでもなく危険な作業である。石綿村の最盛期は1970年と言うから昔の事ではない。当時、その地域の一般住宅では畳の上がアスベストの埃で白く見えたと言うから汚染は凄い。そして、その環境で生まれ育った人が、今ガンの一種中皮腫の好発期に入っている。記事に登場した泉南出身の40代の女性は中皮腫が発症して呼吸困難に苦しみながら仕事をしていた。これは治療の難しいガンで、抗がん剤は効かず、早期でも片肺を除去するしかない。

だが、代替えとして使われているガラス繊維が安全とは言いきれない。私は昔、ガラス繊維を使ったFRPでオブジェを作っていた。これは厭な作業で、ガラス繊維の粉末が下着に付くと、微細な針が皮膚に刺さり、不愉快な痛痒さがいつまでも取れなかった。この微粉末が肺の深部まで到達すれば、自然に排出される事はなく組織に突き刺さり、刺激し続け何らかの病変が起きることは当然な気がする。

知人の木製ヨット作りの職人さんは、木製の需要がなくなり今はFRP製に仕事を変えた。しかし、前述のガラス繊維の副作用が辛いようで、ガラス繊維を扱わないように、木造の技術を生かせる家具作りに転身を図っている。しかし、なかなかうまく行かず悩んでいる。

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