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2007年3月26日 (月)

桜を眺めながら「あー眠い。」と呟いて死ねたら素晴らしい。2006年7月21日

NHKに入れたら「終の住処。」をやっていた。
重いが、逃げられないテーマである。死ぬ時は皆同じ、と出演者達が言っていた。
私には理想の死に方がある。春、桜が咲く頃、うららかな日溜まりから自然を眺めながら「あー眠い。」と呟いて死にたい。しかし、思い通りいかないのが人生の常。多分、実際はその逆になるだろう。
祖母は私が隣室でウトウトした明け方に死んだ。父は夕暮れ家族に囲まれて死んだ。いずれも、意識のない状態での死なので本人達に回りの状況は関係ない。私も死ぬ時は、回りの状況などどうでも良くなっている、と思っている。

日に日に弱っていた母は、信じられない程元気になった。ガンは間違いなく再発しているのに、何故なのか皆目分からない。もしかすると、ある日突然に限界点に達して、朽ち木が倒れるように逝ってしまうのかもしれない。
今日の散歩は母はペインクリニックなので休んだ。日射しが戻り、暑くなりそうだ。

7月22日

歯と顎関節の調子が相変わらず悪い。元来、私は見かけによらず丈夫で病気知らずだったので、その程度でも気が滅入る。病気のデパートみたいな母が知ったら、笑われそうだ。老いは頭では分かっているが、実際に老いてみるとまったく違う。これから、そんな辛さが次々とやって来ると思うと、厭になってしまう。

歯科治療の発達していなかった昔は、治療は抜くだけだった。その時代は、歯のない老人は食物をすり鉢ですって、食べていた。それを当たり前のように受け入れていた昔の人は凄い。結核になれば死を覚悟し、アキレス腱が断裂すれば障害者になった。両足のアキレス腱を断裂してしまった私は、昔なら立派な障害者である。現代は医学が発達して良い時代だが、生きる力はひ弱になってしまった。

そう言えば最近、車椅子を御諏訪神社の急坂を押し上げている時、アキレス腱がシクシク痛む。どうやら、腱が炎症を起こしているようだ。再断裂すると手術は非常に難しいと医師に言われている。母が整形外科で処方してもらったチックタイプの抗炎症剤があったのですぐに塗っておいた。成分はフェルビナクとある。効き目は良く、すぐに痛みは消えた。

昔、私がアキレス腱を切った時、それに先立ち、腱の辺りがシクシク痛んでいた。後で知ったが、アキレス腱は炎症を起こすともろくなって強度が著しく低下する。今更遅いが、知っていたら予防出来た。
しかし、私は両足のアキレス腱を切ったおかげで、自分を過信しなくなった。もし、私がその事故を起こさなかったら、無茶をやってもっと大きな事故に遭い、辛い人生になったかもしれない。小さな不幸は大きな幸せである。

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