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2007年3月28日 (水)

今の若者は見かけは立派だが体の性能は悪い。2006年8月19日

温暖化の影響で北海道産の米が美味しくなった。反して、西日本産は夏の高温に痛めつけられて品質が低下している。中国は更に深刻で、南部では高温により結実すらしない。
八百屋でも、宮崎産が定番だったピーマンが今は北海道産が主流に変わってしまった。以前、温暖化の弊害は空想科学と思われていたが、すでに現実になった。この先、今の子供たちが熟年を迎える頃は想像するのも恐ろしい。
天然ものの魚が消え、食料総てが高騰し不足する近未来。今から食料事情が安定しているカナダやニュージランドなどへの移住を考えておくのが得策かもしれない。

それと比べると、母の世代は幸せである。戦争の苦労はあったが、戦後一貫して上向きの時代で、頑張れば豊かになれた。崩壊寸前の医療保険制度も母が死ぬまでは維持されそうだ。しかし、私の世代の終わり頃は、間違いなく破綻してしる。もっと若い世代は、更に自助努力で命を守る他ない。

それなのに、若者達の基礎体力は国際的にも貧弱で、40歳までに大半は成人病になってしまうと予測されている。
教師をしている友人は、毎夏、若者たちを富士山へ引率している。今の若者は見かけは立派だが性能は悪く、殆どが彼より先にばててしまう。生まれた時から空調のある家で育ち、ほんの少しの距離も車に頼る生活をしていたのだから無理はない。
我々以前の無農薬有機栽培野菜や汚染のない海産物を食べて育った年寄り達は極めて頑健だった。上京した昭和30年代辺りまでは、道路工事の穴掘りは人手だけで、労働者は猛暑の盛りに、一升瓶の水を飲み、塩をなめなめ、終日ツルハシをふるっていた。今思うと、それは4,50代の母と同じくらいの世代である。
今は、どの現場でも機械堀りが主流である。石油が高騰するこれから先、どう対処するのか、そんなことを考えていたら不安が募り、一層頑張って働かなくてはと思ってしまった。

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