ヒグラシが列車見送る山の駅 2006年8月20日
午前2時まで仕事をしていた。1時近く、明かりに惹かれてヒグラシが飛んで来て、窓ガラスにぶつかり通路に落ちた。ヒグラシと分かったのは、落ちたまま鳴き始めたからである。すぐそばで鳴かれると、清楚な声も意外に大きい。鳴き声は10分ほどで止まり、もとの静寂が戻った。
翌朝、外へ出ると、通路でヒグラシは死んでいた。あの声は最期の一声であったのか。哀れに思い、紙ナフキンに包み空き箱に入れてゴミ箱へ弔った。
ヒグラシが列車見送る山の駅
昔よく旅をした。その頃の句である。福島の只見辺りの小さな駅に停車していた時、乗降客が消えたホーム向こうの木立で降るように鳴いていた。時間は夕暮れに近かい。やがて、急行が追い抜いて行って、ゴトンと列車が動き始めても、ヒグラシは鳴き続けていた。
最近セミが増えた。子供達がセミ採りをしなくなった所為もある。安全を自覚しているのか、手が届く幹でのんびり鳴いている。昔のネコはセミやバッタを捕まえてタンパク質を補充していたが、今のネコは見向きもしない。先日、緑道公園で餌をねだっていた野良ネコも、傍らの地面にバタバタしているセミには見向きもしなかった。
そんなことを考えながら赤羽台団地を車椅子を押した。日射しは強いが暑くない。暦の上では既に秋。暦通り行ってくれれば助かる。
帰宅して、昼食を始めるとすぐに、母は吐き気を覚え食事を止めた。すぐにベットに横にして様子を見る。腹が張ると訴えるので押さえてみると蠕動を感じる。硬い張りが有れば危険だが、柔らかい。聞くと、ガス抜きの薬ガスコンを4,5日止めているようだ。すぐにガスコンを飲ませ、自分で腹をさするように指示して、様子を見ることにした。
1時間程すると、母は起き上がりテレビを見始めた。具合を聞くと先程と少しも変わらないと言う。しかし、顔色も良く、表情も和らいでいる。「良くなっているよ、心配ない、心配ない。」と繰り返し言うと「そうかしら。」と不満げ。年を取ると症状の経過を客観視でず、良くなっても分からないようだ。
何か少しでも腹へ入れておいたが良いので、アイスクリームに抹茶を混ぜたものを少量持って行く。抹茶は番茶を電動臼で微粉末にしたもの。これが極めて美味い。母も好物で、すぐに平らげてしまった。やはり、大事ではなかったようだ。ひとまず安堵。
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