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2007年3月28日 (水)

風清涼 夏の夢見る 百日紅 2006年8月30日

御諏訪神社下で10日程前から道路工事が続いている。車椅子を押して行くと、毎回、交通整理のおじさんが丁寧に安全な脇道へ私たちを先導してくれる。年齢は60代後半。日焼けした温厚な顔は農民の顔だ。真新しい無骨な制服は、その温厚な顔に似合わない。

昨日の遅い帰り時にも彼に会った。彼はいつもと違う服装の私に気付かなかった。その日の仕事は終わっていたようで、彼はのんびり地面に腰を下ろし道向こうの同僚と話していた。東北のお国言葉で内容はよく分からないが、稲作の出来の話のようだ。長く厳しい時代が続いた出稼ぎ仕事も、少しゆとりが出たのかもしれない。もうすぐ稲刈りの季節で、帰郷できる喜びが笑顔に滲んでいた。

今日は湿度は高いが、30度に達していない。
自然公園へ行くと管理棟前のベンチで1週間ぶりにOさんたちに会えた。
「長く休むと、死んだと言われるからな。」Oさんは笑いながら言った。彼は70代半ば。10年前、自宅の塀から落ちて脊髄を損傷し車椅子生活になった。始めの2年間はベットから起き上がることも出来なかったが、必死の努力で一人で出かけて杖を頼りに少し歩けるまでに回復した。
Oさんの公園での相方Yさんは80代の裕福な人である。時折、Oさんの車椅子を押しているYさんを見かける。Yさんは厳しく勝ち抜いて来たエリートであるが、今は好々爺そのもので、礼儀正しく優しい。その二人と母はとても話が合う。私は母をそこに置いて椎の木の木陰で休んだ。

見上げると青い椎の実が沢山見えた。隣の椎の木に宿題の自然観察に来た小学生たちが登って遊んでいる。夏休みは残り少ない。夏の終わりの清涼な風に一抹の寂しさを感じた。

風清涼 夏の夢見る 百日紅

昔の句である。今、これに絵を付けている。赤羽はサルスベリ--百日紅--が多い。イチゴ蜜をかけたかき氷のような花の房は大好きである。

いつもより長く休んだ後、Oさんたちと別れ、古民家へ寄った。庭先の田圃の稲は穂が伸びて垂れ始めた。いつも会う、古民家の係のKさんは東京北社会保険病院での検査入院からまだ戻っていない。この公園の人たちは、健康に何も問題ない人は少ない。

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