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2007年3月27日 (火)

来年の花見を言う高齢の母。2006年8月3日

午後8時半、気温28度、湿度66パーセント。ベランダからの風が玄関脇の仕事部屋を気持ちよく吹き抜けている。喉が渇いたので冷蔵庫から缶ビールを出して開けた。ビールは刺激的に喉から腹へ流れ落ち、一瞬、夏は素晴らしいと思った。今も口の中にほろ苦さが爽やかに残っている。

飲む前に、アメリカ、ミシガンの知人からのメールへ返信した。彼女には秋に2番目の男の子が生まれる。「家族は素晴らしい。おめでとう。」と、メールに心の底からお祝いを書いた。私には兄姉が沢山いるが家族とは言えない。唯一の家族は高齢の母だけである。だから、家族の大切さは誰よりも分かっているつもりだ。

今日の散歩の途中、桜並木の下で唐突に、母は春にリハビリ施設から連れて行かれた花見の話始めた。「すぐ傍に、こんなに素晴らしい桜があるのに、わざわざ遠い浮間公園の貧弱な桜を見に行くんだよ。」母はそう言って、来年の花見の日はリハビリを休む、と言い始めた。
「来年の春のことだよ。今から馬鹿馬鹿しい。」と答えると、
「来年の事を言うと鬼が笑うね。」と母は笑った。
私は母のことについてはせいぜい1ケ月先くらいしか考えない。まして来年の母の花見等、遠すぎて想像もできない。母の体調の変化のスパンは年々短くなっている。つい4月までは、母は日長、ビーズ細工をしていたのに、今はまったくしなくなった。今日も、ちょっとビーズをいじり始めたが、すぐに疲れたと止めてしまった。次は何時、散歩は疲れると言い始めるのか、覚悟はしているが、そうなったら寂しい事だ。

かっての大家族時代は、一つの家族の中で、死に行く者の一方に、生まれ来る者がいた。そのバランスがあったから、人は飄々と人生を受け入れる事ができた。
しかし、現代の家族は、生まれて増える一方か、減るばかりかの2極化している。この状況でバランス良く人生を見つめる事は難しい。

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