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2007年3月27日 (火)

自然公園での散歩があるから、今の生活に耐えられる。2006年8月5日

自然公園は幼木が多く日影が少ない。炎天下の歩道は草いきれでむせるような暑さだ。それでも生命に溢れた夏は気持ちがいい。中学生の女の子を連れた若いお婆ちゃんが「自然はいいね。」と話ながらすれ違って行った。

今日の猛暑が不安だったが、母はゆっくりといつものコースを歩いてくれた。ジリジリと照りつける日射しに、傍らを押して行く空の車椅子の黒い座席がすぐに熱くなった。
母の歩行は遊水池手前で終わり、そこからは車椅子に乗る。湧水のせせらぎにかかる橋には涼しい風が吹き抜ける。その木陰で蝉の声を聞きながら少し休む。それらの自然な変化は母の体に良い刺激を与えているようだ。

再度、炎天下に出ると目の前を青トカゲの子供が元気に歩道を横切った。続いて生まれたての赤ちゃんトカゲが渡りかけたが、私たちに驚いて、すぐに草むらに引き返した。
「無理しなくてもいいよ。元気に大きくなってね。」母は草むらに声をかけた。自然の中で一生懸命生きている彼らの姿は可愛い。

母に管理棟のトイレを使わせた後、いつものように椎の大木の木陰で休み、持参した梅酢入り氷水を飲んだ。ここを吹き抜ける風は、どんな高級な空調より素晴らしい。この贅沢な休息の間、厭な事は総て忘れて幸せになる。この一瞬があるから、今の生活に耐えられるのかもしれない。

今日は戸田の花火大会。我が家の玄関からは花火の大輪が正面に綺麗に見える。しかし、私は仕事を予定しているので、合間にちょっと見るだけである。仕事と言っても、売り込み用である。秋口に生活が危うくなりそうなので、早急に手を打たなければならない。

売り込みが巧く行くかどうか分からないが、そうやって、長年生き残って来た。今、思うと、何度もあった画廊の企画展依頼を断らずに受けて、彼らとの関係を良好に維持すべきだったかもしれない。しかしそれは屈辱的で、私には受け入れられないことだ。

2002年夏、母は玄関に置いた椅子に腰かけて戸田の花火を見た。しかし、その年の秋に腰痛で倒れ、それ以降、花火はあまり見ていない。
ここに引っ越して来た当時は、花火大会の夜は住人の親戚や知人が集まり通路は焼き鳥屋を出せば繁盛しそうなくらい賑やかだった。しかし、近年は静かになった。外は暗くなり、間もなく花火が始まる。しかし、仕事部屋脇の通路を歩く人は少ない。時代は変わってしまった。

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