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2007年3月29日 (木)

長き夜にむせて奈落の闇を知る 2006年9月5日

深夜、テレビを止めると母の咳き込みが聞こえた。老人は呼吸器官が弱く、見かけより重篤な場合が多い。すぐに部屋へ行き背中をさすったが、なかなか咳は治まらず苦しそうだ。5,6分続けていると、ようやく「いいよ、大丈夫。」と母は落ち着いた。自室へ戻っても間欠的に咳が聞こえていたが、やがて治まったようなので私も床に就いた。

長き夜に むせて奈落の 闇を知る

今日は通所リハビリの日である。しかし、母は珍しく休むと言った。私が寝入った後、再び咳の発作が続いて疲れてしまった様子だ。母は昔からぜんそく気味で、深夜の咳き込みは珍しくないが、今日のように強い疲労を訴えるのは始めてである。
5月頃、胸のレントゲン写真の影について、医師が少し触れたことを思い出した。肝臓ガンが次に転移するのは肺が多い。しかし、そうであったとしても何も出来ない。高齢の母にとっては、病気のことを忘れて、のんびり生活するのが最善の道である。

8時過ぎ、施設に休む旨電話を入れた。母の様子を見に行くと椅子に座ったまま寝入っていた。9時半、母を起こして外の空気を吸おうと誘ってみた。
外へ出ると母は少し元気になって、自然公園で少し歩いてみたいと言った。
しかし、車椅子の母はいつもより無口だった。公園でも、母はいつもの半分だけ歩いて止めた。それでも、歩いてくれたのは嬉しかった。このように何とか運動を続けてくれれば、今の体力を維持できる。母の体は、ポンコツ自動車のように部品は相当に痛んでいるが、工夫すればなんとか動いてくれる。

帰り、母は更に疲れたようで、何も喋らなくなった。それで遠回りは止め、手近な生協でお昼を買った。買い物を終えて店を出ようとすると、旧知のTさんに会った。彼女は温厚で優しい人で、母は気に入っている。赤羽台界隈の母の古い知り合いの大半は鬼籍に入ってしまい、今、こうやって出会う人は少なくなった。

Tさんは、最近視力が落ちてきたから食べていると、カゴのブルーベリーを母に見せた。それから互いの病気の話になった。病気の話をしている二人は生き生きしていた。
「貴女と話していたら、急に元気が出てきた。」母は嬉しそうにTさんに言って別れた。
帰り道、母はTさんに会えて嬉しかったと何度も話していた。体力が衰えても、外へ連れ出すと良いことがあるようだ。

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