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2007年4月30日 (月)

躑躅忌。07年4月30日

夜中、母に呼ばれた気がして飛び起きた。時計を見ると午前4時である。急いで母の部屋へ行くと、何事も無く母は眠っていた。肩が布団から出ているので、掛け布団を直すと母は少し体を動かした。

寝たのは1時で睡眠3時間では少なすぎる。だが、目が冴えて二度寝できない。テレビを点けると早朝のニュースをやっていた。ぼんやり画面を眺めているうちに寝入ったようで、目覚めたのは7時を過ぎていた。テレビでは、ディズニーランドはすでに長蛇の列だと、ライブの空撮画像を流していた。行列の多さから、10時頃には入場制限が始まるかもしれない。

母は目覚めていて、部屋からテレビの音が聞こえた。
母は長年の習慣で、目覚めると乾布摩擦を行い、それから5分程、顔を軽くペタペタと叩く。そうすると顔の皮膚が丈夫になってシワが出来ないと母は信じている。確かに、同年齢の老人と比べるとシワは少ないが、ペタペタ叩くのが皮膚に良いのかどうかは分からない。

自然公園は人出が多くざわついていた。すぐに駅前に回り、ツタヤでDVD「ディスパレートな妻達」を返却した。
それからアピレ地下の魚屋で長崎産刺身用の甲イカを1杯買った。その後、台所洗剤とシャンプーが切れているので、高架下のアパガードで買い物した。こちらも人出が多く母は人疲れで疲労を訴えた。急いでレジを済ませ、外へ出て緑道公園へ入ると誰もいない。喧噪の後の緑豊かな静かな空間は実に心地良い。ベンチに休み、車椅子の母にお茶を飲ませると疲労は少し治まった。

その頃気温は25度を超していた。今年始めて白ワイシャツだけで出かけたが、それでも汗ばんでいる。腕の辺りは薄い綿布を透過した紫外線がチクチク突き刺さる。それで、腕まくりして薄く紫外線ガードを塗った。
昔は夏は大好きで、Tシャツ1枚で歩き回っていた。今、そのようなことをすると日焼けで酷いことになる。私の皮膚が弱くなっただけでなく、紫外線の悪性度も高くなった。

昼食に甲イカを刺身にして食べた。やはり、玄海ものは味が格別である。
明日5月1日は32年前の祖母の命日だが、母の疲労騒ぎで供物を買っていないので、昼食後、新河岸川向こうのライフからスイカとメロンを買って来た。

祖母はツツジが満開の好天の日に死んだ。だから、ツツジが咲き始めると祖母の命日を思い出す。火葬場は戸田で、木造の鄙びた部屋で焼き上がるのを待っていた。焼き場は空いている日で、私たち以外に客はいなかった。祖母が死んだ哀しみはあったが、久しぶりに兄姉が全員揃い、子供の頃に戻ったようで楽しかった。しかし、兄姉全員が揃ったのはそれが最後で、翌年、長兄は43歳で急死してしまった。

内輪だけの質素な葬儀の翌日、祖母の遺骨を紅型の風呂敷に包んで兄が手に下げ、母と共に九州久留米の菩提寺へ向かった。その時、兄は振り返り「じゃ、行って来ます。」と笑顔で新緑の中を去って行った。その時の笑顔が、兄の最後の記憶である。

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