老人の1年は我々の5年に相当する。2007年1月9日
去年の日記を読み返していると喪失感を覚える。
僅か1年半前のことなのに、母は今より色々な事が出来ていた。姉が来れば、快活に話す声が仕事部屋まで聞こえていたし、簡単な小物の洗濯もしていた。しかし今は、話し声は小さく、簡単な洗濯もできない。
以前、自然公園の老人達が、僅か半年前に出来ていたことができなくなったと話していた。私の印象では老人の1年は我々の5年に相当する。だから周囲の者は老人の急速な老いに慌ててしまう。
公園で、老いを語っていた老人達の多くが今は姿を見せない。噂では、ある人は特養に入り、ある人は歩けなくなって入院中と聞く。残念なことに、元気になった話は殆ど聞かない。
今日、自然公園の歩道を、母が片手に杖、片手に手摺でソロソロと歩いていると、「変わらず、お元気で良いですね。」と、知人が声をかけて行った。私は随分弱ってしまったと思っているが、人から見ると元気に見えるようだ。
老人介護に関わる人と話していると、老人達が「早く死にたい。」と漏らすことに困惑している。何故に多くの老人たちが、ただ生きているだけの空虚な日々を過ごしているのだろう。それは希望を失ったからかもしれない。何故なら、自然公園へ来ている老人たちから「早く死にたい。」の言葉を聞いたことはないからだ。
自然は常に希望を与えてくれる。秋の頃、母は冬枯れの静かな公園を見たいと話していた。そして冬枯れの今は、春の土筆や緑道公園の辛夷の花を楽しみにしている。その季節の変化を待つ心が、母を元気にしているようだ。
どんなに老いても明日に希望を持つことはできる。だが老人の周囲は「早く死にたい。」を老いの一つの症状と片付けてしまう。それは家に閉じこもって外出を嫌う老人特有の性癖も一因だ。しかし、何とか外へ連れ出せば、より良い老後になるのにと思っている。
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