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2007年4月 1日 (日)

健康過ぎると弱者への思いやりが欠ける。2006年10月22日

九州の兄から甘鯛の味噌漬けが送って来た。玄海ものの絶品である。身が崩れやすいので、熱した焼き網に油を引き焦げないように焼いた。美味い。食欲の落ちた母も、美味しそうに食べていた。

昨夜は深夜まで絵を描いていた。母の部屋からは、母の咳き込みが絶えず聞こえた。苦しそうな時は、部屋へ行って背中をさすった。
それでも、朝になると元気で、散歩へもいつものように行き、顔馴染みと楽しそうに話していた。
しかし、昼食後は体調はすぐれず、1時間おきに母をベットに横にさせた。そして、夕暮れが近づくと疲労が溜まり無口になった。

「去年はもっと元気だったのに。」と、最近母は愚痴る。
「それは思い過ごしだ。去年も今のように疲れやすかったよ。」と、ごまかすが、本当の所、去年より、今年始めより、かなり弱った。今、ブログに乗せる為に以前の日記を整理しているので、なおさら母の体調の変化がよく分る。去年の今頃は、北朝鮮の拉致報道を見て憤り熱くなっていたが、今は疲れると言って報道番組を切り替える。

しかし、母は弱ったとは言え、一般の水準と比べると長生きで元気だ。我が家の家族の中で誰よりも、年齢も健康も恵まれている。それでも、終わりの局面は老人一般と同じようにやって来る。静かにどのように軟着陸させるか、それは難問である。

健康とは不思議なものだ。完全な健康などあり得ないのに、誰もが完全な健康を目指す。東洋的な陰陽の考え方では、適度に病があって、適度に健康なのが正常で、偏り過ぎていては良くない。
健康過ぎるのは良くないとは不可解なことだが、確かに健康過ぎると弱者への思いやりが欠けたり、過信し過ぎて事故を起こしたり、突然、挫折したりする。
過ぎたるは及ばざる、である。

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