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2007年4月 1日 (日)

「鶴瓶に乾杯」に郷里大堂津が出た。2006年10月23日

絵描き仲間からメールが入っていた。
2年前に銀座の中堅画廊で作品展して、その時の売り上げ代金がやっと入ったとあった。元デパートの美術部員が作った評価の高い真面目な画廊なのに、そのように台所が苦しいとは驚きである。しかし2年を経ても、払ってくれるのは良心的である。銀座の画廊は見かけは品良くても、画料を踏み倒す悪質な所が多くある。

それにしても、景気が良くて金持ちが増えているのに、世の中はどうなっているのだろう。メールの彼には熱心なコレクターが複数付いているので、生活の不安はないが、画廊売りに頼っている作家には大変な事態だ。

絵描きと違い、カメラマンは大変な好況らしい。広告用の需要が高まっているのだろう。今は銀塩からデジカメに完全に移行して、広告業界も写真が使いやすくなったからかもしれない。
しかし、イラストレーターは大変である。マニアル用等のテクニカルイラストは安定した需要があるが、広告用となると低迷を続けたまま浮上の気配すらない。
これからイラストレーターを目指す人は、3年のスパンで画風を変えるくらいの柔軟さが必要だ。3年経つとどんなにもてはやされたイラストでも需要がなくなるからである。

先程までNHKの「鶴瓶に乾杯」を見ていた。
今回は私の郷里、日南市大堂津であった。我が家は終戦直後、北九州からの移り住んだ他所ものだが、私は完全にその地方の気風の影響を受けて育った。
私は番組を見ながら、自分の気質が日南で育成されたことを実感した。それは明るく静かな伸びやかさだが、それを一言で説明するのは難しい。
日南は宮崎市と隣接しているが、二つは深い山地と険しい海岸線で隔てられていて気風はまるで違う。私は12歳から18歳までは宮崎市で過ごした。しかし、最後まで宮崎市の言葉も気風も馴染む事が出来なかった。

大堂津のシーンでは、古澤焼酎醸造所が出た。古澤家には3人娘がいて、場面には長女が出ていた。記憶の中の長女は色白の美人だったが、年月は人も色々と変えるものだ。悪い意味ではない。元お嬢様が杜氏になって大地に足をつけて働いていると言う意味である。古澤家は大堂津随一の資産家でもある。

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