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2007年4月 2日 (月)

物は滅びるから良い。2006年11月11日

シャワーを浴びる前に母に声をかけた。
私に引き続き母がシャワーを使ってくれると、浴室が暖まっているので助かる。しかし、疲れているから厭だと母は答えた。以前は、1日も欠かさずシャワーを使ってくれたが、最近は休むことが多い。頑張らせたが良いか、それとも好きにさせたが良いか、悩む。

母はテレビドラマ「天国へのカレンダー」を見ていた。
看護婦役の藤原紀香が薄化粧で好演していた。シャワーのことを聞いてから、仕事部屋へ戻る時、「死んで行く者の気持ちは、貴女には分からない。」と、ドラマの末期がん患者の台詞が聞こえた。
確かに、人の気持ちを分かってあげるのは難しい。この場合は、気持ちが分からなくても、若くして死ななければならない憤りを聞いてあげるだけで良いのだろう。
総ての人は必ず死ぬが、死の形態は平等ではない。生木を引き裂かれるような死もあれば、枯れ木が朽ち落ちるような死もある。その違いが人を悩ませるのだろう。

兄は43歳で脳溢血で死んだ。日南市の田舎高校の秀才として九大に進学したのだが、いつの間にか理科系から仏文に進路を変え、酒とマージャンに溺れて中退してしまった。その後、結婚したのを契機に通信教育で教師の資格を得て、都城の中学教師に赴任した。死は教師組合での不眠不休の活動の末であった。
丁度その頃、先日亡くなったMさんのご主人が末期肺がんで自宅療養していた。
私は死ぬはずがない若い兄が、Mさんのご主人より先に逝ってしまったことがショックだった。その時、人の死は誰にも分からないものだと思い知った。

ヒューマンドラマは殆ど見ない。殊に日本の病院ものは現実離れしているので、見る事は少ない。しかし、アメリカの「ER」は必ず見る。無数の死と生還が登場する骨太のヒューマンドラマで、時間がブルドーザーのように無数の人間ドラマを押し流して行くところが魅力だ。
人生では細かい事は考えずに、時間の流れに乗って強引に突っ走れば良いのかもしれない。

散歩帰りに、母は、端布を継いで作った半天の行方を考えていた。
一つは今も兄が愛用しているが、姉にやった半天はとうの昔に誰かにあげてしまい、ゴミにされてしまった。
「せっかく作ってあげたのに、晃子は粗末にするから。」と母はぼやいた。
「ビラミットでも、いつかは砂になってしまう。物は滅びるから良いんだ。」と言うと、「なるほど。その通りだね」と、母は納得して考えるのをやめた。

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