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2007年4月 3日 (火)

緊急入院。 2006年11月18日

東京北社会保険病院受付に生協浮間診療所の紹介状が届いていた。
内科受診は順番を待ってもらうのが規則だと担当看護婦は言う。車椅子の母は青ざめた顔で崩れ落ちそうで、一刻の猶予もない。せめて、ベットに横にさせて待たせて欲しいと頼むが、内科医に聞かないと答えられないと言う。

看護婦は診察室に入ったまま、15分以上出て来ない。私は受付に、生協浮間診療所で救急措置をしてもらうから母を連れて帰ると伝え、受診書類から診察券を抜き玄関へ向かった。玄関を出た時「篠崎さん、先生がすぐに診るそうです。」と看護婦が追いかけて来た。
看護婦は共に診察室へ向かいながら、言葉が足りなかったと謝っていた。

10時、内科の診察を受けた。この病院の内科医は前回も前々回も心の無い医師ばかりだった。しかし、今回の内科医は誠実な感じがした。医師は優しく母に具合を尋ねながら診察した。安堵したのか、母の表情に生気が戻って行くように感じた。

すぐに内視鏡での上部消化管検査に回された。
「綺麗な食道ですね。噴門から胃、幽門から十二指腸へ入ります。」と内視鏡を操作する医師はバスガイドのように説明した。だが、出血箇所は見つからない。再度、胃壁を丹念に調べると、胃の中程に褐色のえぐれが見つかった。
「潰瘍がありますね。出血は止まっていますが、止血剤を吹き付けておきます。」と潰瘍に白い泡を吹き付けた。

再度、処置室で点滴を受けていると内科医がやって来た。
「5月の内視鏡検査で何も無くても、潰瘍は数日で出来る事もありますので。とりあえず、絶食して点滴で栄養補給をしてみましょう」と、すぐに入院が決まった。

12時半、母は4人部屋に入った。母は更に栄養分の点滴が加わり、その効果で元気を取り戻した。

午後1時、一旦帰宅して、留守番していた姉に入院に必要な品を病院へ持って行ってもらった。シャワーを浴び、朝食を兼ねた昼食を取ると、激しい眠気に襲われ、30分程眠った。

2時半、病院へ戻ると、母は点滴で更に元気になっていた。
母は必要な品を忘れていると文句を言った。文句が言えるのは元気になった証拠である。1階の売店で足りない品を買い、病室に届けて夕暮れに帰宅した。

年頭から続いていた母の疲労感の原因は栄養不足であったようだ。
しかし、潰瘍がなかった時期も母は食欲不振を訴えていた。はたして、潰瘍が治癒してから食欲が回復するかどうか。もしかすると、どこかに、体調を悪くする別の原因があるような気がするが・・・。

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