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2007年4月 3日 (火)

親は何時までも死なないような気がしていたが。2006年11月27日

月初めに亡くなったMさんの家族から年賀状の欠礼のはがきが来た。
11月3日83歳で死去とある。まだ1ヶ月過ぎていないのに、私には遠い昔に思える。その間に母が倒れたりと、色々なことがあったからかもしれない。

昨日の嘔吐のことで、生協浮間診療所へ母を連れて行った。
やはり、母の嘔吐にはナウゼリンが一番適切なようだ。この薬は胃腸の動きを活発にして、胃内に食物を滞留させないで腸へ送り出す働きがある。
院長は東京北社会保険病院消化器科の医師からの報告書を読みながら、
「大きな潰瘍がありましたね。お元気そうでしたので緊急性はないと思いましたが、判断を間違えたようです。」と謝っていた。
老人介護に於いては、適切な対応の仕方を医師から引き出す責任が家族にある。医師を信頼することは大事だが、その一方で家族が細かく訴えないと医師の対応は不十分になってしまう。
病院へ連れて行って、どうすれば母が回復出来るかが分かり安堵した。今は、その先のことは考えないことにした。

この13日間を振り返り、母が死ぬと確信を持つようになった。今更当たり前のことだが、頭で母の死は理解していたのに、親は何時までも死なないような気がして、現実の死はピンと来なかった。
しかし、姉兄たちは母の死を冷静に考えているようだ。それができるのは、それぞれに家族がいるからかもしれない。

私も世間並みに家族を作っておけば良かったのだが、私の場合、仕事に結婚生活が邪魔だった。だから私は、覚悟の上の一人である。今更悪あがきはせずに、一人の生活を地獄の果てまで見届けようと思っている。

昨日、今日と母の写真を撮った。先程までモニターで点検していたが、笑顔が少ない。しかし、もう一回だけ、元のように元気にさせる自信はある。

それらの写真を赤羽秋景色と共に、写真日記に8枚掲載した。
☆写真日記 http://homepage2.nifty.com/m4s/jmx.html

Ma_3

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