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2007年4月 2日 (月)

粘り強い命と、あっけない命。2006年11月2日

赤羽自然観察公園古民家前の田圃の畦を、稲作世話役の松下さんが一人で作り替えしていた。深さ50センチ程の溝を3枚の田圃の周りに掘る重労働を、70代の身でこなすのだから大変な元気だ。今時の若者なら彼の3分の1も働けない。
「一人で掘ったんですか。すごい体力ですね。」と田圃の松下さんに声をかけると、
「おだてないでよ、頑張っちゃうから。」と照れていた。

古民家の庭に植えた大根はすっかり成長して食べごろである。茂った葉が瑞々しくて美味しそうだ。いつものように、母は大根畑の傍らで輪投げをした。今日は連続で輪が4つ入った。先程、歩く前の準備体操の時、母は1,2,3,4、と大きな声を出していたが、その効果で気力が充実していたのかもしれない。

古民家で休んでいると、係の武井さんがやって来て告げた。
「菊池さんは、先の土曜日に亡くなられました。」
菊池さんは同じく古民家の係をされていた方である。新聞社勤めの定年を迎え、赤羽自然観察公園の仕事をしながら悠々自適の生活だった。しかし、夏から病気療養のため、休んでいた。
武井さんから訃報を聞きながら、古民家の土間に立つ菊池さんの姿が思い浮かんだ。ごつい体に似ず話し好きで、母とも私ともうまが合っていた。
「今度、新築に引っ越しますから、その時はお茶飲みに寄って下さい。」
倒れる前、彼は楽しそうに話していた。それで先々週土曜に、見舞いに菊池さん宅を訪ねてみた。明るく心地良い庭先でしばらく話したが、それ程に悪いとは思わなかった。私より3つ上。まだ終りを迎える年ではない。2週間前に話した人が今いないことが信じられない。

病名は聞いていないが、その時、胆管辺りが悪いと本人は話していた。母も肝臓ガンを抱えているので、人ごとには思えない。
帰り道「気の毒だね。」と母は何度も呟いていた。
それにしても、訃報の多い年である。
他に一人、指扇の老人病院で胃ガン末期の危篤状態を続けている知人は、既に3ヶ月近く点滴だけで生きている。5月に見舞った時は会話が出来たが、6月には意思は通じなかった。
若い頃から大変世話になった方なので、今も気になる。出来る事なら、今年更に訃報は聞きたくない。
人には粘り強い命と、あっけない命があるようだ。知人も母も粘り強い方と信じよう。

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