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2007年4月 4日 (水)

色々と終わりの日 2006年11月30日

昨夜ぐっすり眠ったので母の体調は良い。赤羽自然観察公園では母は以前と同じ距離を歩いた。曇天で時折雨が落ちる。一段と鮮やかさを増した紅葉を、母はしみじみと眺めていた。口には出さないが、生きていて本当に良かったと思っているようだ。

いよいよ手持ちのお金は3千円を残すのみ。
銀行へ寄る前にイトーヨーカ堂で花と食材を買った。レジに3千円を越えたら教えてくれと言ったが、2600円ですんだ。それで、スターバックスに母を待たせ銀行へ行った。

銀行1階のATMは月末の所為で長蛇の列だった。しかし、2階の窓口は空いている。10分程で金を下ろし、スーターバックスへ戻ると、母はホットチョコレートを2口飲んだばかりだったが、時間が遅いので、すぐに店を出た。

床屋さんの前で「ラッキーちゃん。こんにちわ。」と母は死んだ彼に声をかけた。その母の一人言を聞いた人が、怪訝そうに通り過ぎた。母は今も、店の前にゴールデンのラッキーがうずくまつているように感じるようだ。

東京北社会保険病院下の桜並木の向こうに今日で閉店することぶき薬局が見えた。顔馴染みだった女の子たちは忙しく働いている。気付かれると別れが辛くなるので、急いで通り過ぎた。明日の散歩から、店のシャッターは閉まっているだろう。

夜、母の寝室から咳き込む音が聞こえたが、すぐに収まった。咳き込みがひどいと、その刺激で嘔吐する。激しい嘔吐をすると、胃壁が擦り合わされ一瞬で潰瘍ができることがあるそうだ。母の胃潰瘍の原因は不明だが、嘔吐を誘う程の咳き込みは、胃には悪いようだ。

そんなことを考えていると母のベット脇のブザーが鳴ったので、慌てて飛んで行った。
寒いから布団を加えてくれと言う。すぐに押し入れから夏布団を取り出した。夏布団はしまう前に洗ったので埃が少なく咳を誘発しない。
母に風邪を引きそうな気配はない。母は暑がりだが、老いて人並みにエネルギー代謝が悪くなったのだろう。

トイレと浴室天井の水漏れは続いている。
「天井裏の水漏れは収まっていますが、コンクリートの中に染み込んでいる水がしばらく落ちるかもしれません。」と工事会社の主任は話していた。用心に吸水シートをマジックハンドで丹念に天井裏に敷いた。業者に任せるといい加減にするので、面倒でも自分でする方が間違いない。

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