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2007年4月 4日 (水)

異常感が続く限り医師に徹底的に訴えるべきだ。2006年12月10日

昨日と打って変わって快晴。
予報では木枯らしが強いと言っていたが殆ど風はない。日射しに温まった体に冷たい大気が心地良い。光が美しいので、母が毎日九州の兄へ書いている葉書に入れる写真を撮った。毎日、兄は母の写真を見せられて、厭でも親の存在を実感している。

最近、植物性乳酸菌入りの乳酸飲料を母に飲ませている。
これは京都のスグキから採取した乳酸菌で、ヨーグルトの乳酸菌より生存力が10倍強い。昔の日本人は植物性乳酸菌を漬け物や味噌醤油から日常的に摂取していた。そのおかげで、免疫力が強化され、食中毒等への抵抗力も強かった。味は和風で、飲み始めてから母は腸の調子が良いと喜んでいる。

12月11日

冷たい風の中散歩に出た。
エレベーターを待つ間、戸田橋たもとのガラス工場の煙突の煙りを眺めていた。
母が唐突に「家で死ねないのはどうしてなの。」と聞いた。先日、平日の日中以外は家で死ねないから気をつけるように、と話したことが気になっていたようだ。「今は、自宅で開業している医師が殆どいないから、夜に危篤になっても往診を頼めないからだよ。」と、救急車を呼ぶ理由を話した。母は「死ぬ場所も自分で選べないの。」とぼやいた。

風は冷たいが、日射しが強く、赤羽自然観察公園へ付く頃は汗をかいていた。
公園は人出が多くて気分が落ち着かず、公園には長居はせずに早々に退散して、駅前で買い物して帰った。

夕暮れ、予約していた歯のメンテナンスへ行った。
残念ながら、奥歯の1本が傷んでいた。まだ失うには間があるが、それに一歩近づいたのは間違いない。
前回、歯石を取った後に異常感があり、治療を続けたが完全ではなかったようだ。因果関係を追求しても既に遅い。異常感が続く限り医師に徹底的に訴えるべきだった。
この姿勢は、歯科に限らず、総ての医療に通じることだ。今日、歯科医院の待ち時間に読んだ週刊朝日の糖尿病特集にもそのようなことが書かれていた。

糖尿病の重要な合併症に末端神経が麻痺した為に起こる足の知覚異常がある。これは末梢血管の機能不全を招き、つま先から壊死が始まって最終的に下肢切断に至る。
その早期発見の為に患者は、つま先の些細な異常感でもすぐに医師に訴えなければならない。しかし、患者は重大視せず、訴えないまま悪化することが多い。
医師に任せれば総て上手く行くと考えるのは禁物である。些細なことでも、小うるさく思われるくらいに訴えたが良い。

とは言え、悔やんではいない。肉体を完全に保つ事など不可能なことだ。
歯は傷んでいたが、他は極めて快調だ。先日、テレビの健康番組で出演者の脳年齢と肉体年齢を計っていた。私も一緒に計ったが、共に20代であった。母の体調と生活の不調の二重苦の中、それは大きな救いだ。体と頭が健康なら、どんな困難でも克服出来る。しかし、これからかかる歯の治療費の工面は頭が痛い。大作を描いたが、皆が思っている程に画料を貰った訳ではない。今は次の一手に取りかかつている。もしそれが当たらなかったら・・・等と悪いことばかり考えるのは止めよう。

Ma_3

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