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2007年4月 5日 (木)

様々な喪失感が一時にやって来た。2006年12月19日

緑道公園の桜広場の野良猫親子は互いに距離を置いて暮らして始めた。
餌をくれる人が来ると、母ネコは娘ネコに遠慮して、少し離れて眺めている。純粋な野生とは違って、野良ネコの世界は人間臭いようだ。

赤羽は墓地が多い。駅から近い緑道公園入り口近くにも、小さな墓地がある。
通りかかると、最近、黒御影石の墓の前に三毛ネコを見かける。まるで、その墓を守っているようなとても良い絵柄だ。写真を撮りたいがカメラを出すとすぐに逃げてしまう。母はその墓の主に縁あるネコだと思っているが、実際は黒い墓石が日射しで温まり居心地が良いからだと思う。

今日は午後に私の歯科治療がある。
それで散歩は休んだ。何か理由を付けて休まないと、母も私も疲れるようになった。
奥歯歯根の股が細菌感染して化膿しまったからである。原因は色々あるが、医師の話では私の歯はエナメル質が歯根近くまで覆っていて、歯根膜が短い為に奥まで細菌が侵入して感染を起こしたのだと話していた。しかし、今日の治療で原因が特定されたとしても予後は期待出来ず、失う事を覚悟しなければならない。

歯一本でも悪くなると憂鬱である。他の事をしていても絶えず気になる。こんなことでは、これから先、次々と起こる病苦に耐えられるのか、と不安になる。
その点では母は実にタフだ。これは、古い日本人の特性でもある。現代日本人は世界的に病苦に弱い民族であるが、昔の日本人は淡々と受け入れていた。もっとも、母は身近に病気オタクの私がいるので、対処方法に悩む必要がない。

先月亡くなったMさんの四十九日の法要が先日行われた。
私にその知らせはなく、お嬢さんからのメールで知った。Mさんのご主人が亡くなった時は、私は総ての法事に出席した。身内でもないのに呼ばれたのは未亡人のMさんの希望である。しかし、Mさんが亡くなった今は、他人扱いされても仕方が無い。時の移り変わりの虚しさを肌で感じる。

メールの返事代わりに電話を入れると、彼女はこれから、娘さんたちと食事に出かける所だった。レストランでの和やかな食事風景を想像しながら、肉親を失った哀しみは、子供たちが埋めてくれるのだろう。

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