疲れる大晦日。2007年1月1日
珍しく30日に正月準備は終えた。
最後の買い物で駅前に出ると、高架下アーケードの唄うサンタ人形の後に松飾りが並んでいた。
先日までサンタ人形がそこにあって、通りかかる都度、母はボタンを押せと言っていた。スイッチが入ると、サンタは踊りながら低音の良い声で唄う。
その唄声を楽しみにしていた母は、いなくなった跡を眺めながら「寂しいね」と呟いた。
母は来年のクリスマスを味わえないと言ったのではない。高齢になると繊細に先の事を考えなくなる。それは長生きの良さである。
先日、北欧の子供ドラマを見ていたら、街角に同じ唄うサンタ人形があった。どうやら、それは世界的に普及しているようだ。
今日は午前中に散歩に行き、生協で厚揚げを買って帰った。
厚揚げはガメ煮に加えた。それからお屠蘇セットを出して、お屠蘇を入れた。お昼は少し早い年越しの蕎麦を食べた。
食後、一休みしてから湯島天神へ大祓へ出かけた。毎年そうであるが、大晦日の上野公園は外人ばかりで、聞こえる言葉は中国、韓国、バングラディシュ、イランと多彩である。
夕空の上野の森のシルエットを見上げながら、公園を抜けて忍ばす池へ出た。餌を貰おうとヨチヨチ遊歩道を歩いている鴨たちがとても可愛いかった。
湯島天神は去年より大混雑していた。
大祓を申し込み本殿前に並んだ。大祓が始まるまで、前説の若い宮司が皇位継承について話していた。政治的な発言は、神事の厳粛な雰囲気を壊す。そのような話は別の場でしてほしいものだ。加えて、宮司はセンスの無いジョークを連発したり、お祓いの説明に参拝客の返事を強要したりと品がなかった。宮司は劣等感が強い若者なのかもしれない。大勢を前にして、権力を手に入れたように錯覚したのだろう。
大祓が終ると、急いで帰路についた。
御徒町は最後の買い物客で大混雑していた。寒中に長く立っていて私は尿意を催し、松屋に寄ってトイレを使った。デパート内は閑散としていた。店員の視線が通り過ぎる私に集中しているようで、急いで外へ出た。いつもながら"目出たくも無し大晦日"であった。
急いで7時前に帰宅して母をベットに寝かせた。ひどく空腹で、お昼に煮上げていたガメ煮を食べた。厚揚げに味が染みていて美味かった。食後、お屠蘇を飲んだ。
深夜は初詣に出かける。それで20kmは歩くことになり、疲れる年越しである。
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