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2007年4月18日 (水)

忘れていた初午。2007年2月8日

今日は2週毎の内科の診察。朝、出がけに眼下の新河岸川を見下ろしながら「浚渫船がいなくなって、寂しいね。」と母が言った。11月から毎日のように眺めていたので、私も同じ気持ちである。

川向こうの生協浮間診療所で、母の診察は30分待ちだった。別段、症状の変化はないので診察はすぐに終わった。
その後、生協へお昼の食材を買いへ回った。暖かく完全に春の気候で、沈丁花の莟は紅色を増し、数日で開花しそうな気配である。いつも会う、餌探ししているセキレイに「今日は」と声をかけると、ちょっと立ち止まって私たちを見ていた。東京のセキレイは車の排気ガスで汚れているが、小首をかしげる表情が可愛い。小鳥もカラスも、優しく挨拶すると不思議な事に逃げない。言葉の調子に敵意を感じないのかもしれない。

2月5日は初午だったが、ラッキーの肖像画のことで頭が一杯で忘れていた。
その夜、ベットで兄からの葉書を読んでいた母に「今日は初午のようだよ。」と言われて始めて気付いた。
兄は博多の綱場で小さな青果店をやっている。この数日、初午の供物を頼まれると葉書に書いていたようだ。慌てて次の二の午を暦で調べた。更に、以前、二の午に行った日の写真日記を開いてみた。
2002年の二の午で、参詣者は初午と比べると閑散としている。母を連れて行くには、かえって好都合かもしれない。

母を連れて行くようになったのは、ガンから生還してからだ。以来、これが最後になるのでは、と思いながら今度で3度目になる。お稲荷さんは祖母が信仰していたので、私が生まれる前から我が家には祭ってあり親しみがある。私は家にあるのは当たり前に思っているが、違う見方をする人もいる。
昔、新興宗教に熱中している知人と話していた時、何となく我が家にお稲荷さんがあると話した。すると知人は「お稲荷さんを祭っていると、やがて、半身が獣になりますよ。」と恐ろしげに言った。「それは有り難い。下半身が獣になるのなら、願ったりだ。」と、すかさず答えると、知人は呆れていた。
私は信仰は精神安定剤と思っているので、深くは考えない。

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