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2007年4月24日 (火)

ドラマ「東京タワー」を見ない訳。2007年3月16日

寒い曇天から時折冷たいものが舞い落ちていた。私は確認出来なかったが、今日は史上最遅の初雪だったようだ。寒い自然公園は閑散としていた。知人たちとは一人も出会わず、その後、スムースに駅前に向かうことができた。高架下で買い物をした後、床屋さんに寄り、花代を添えて「お父さんに、よろしくお伝え下さい。」とお悔やみを言った。明日は東十条の斎場で身内だけの密葬が行われる。

緑道公園を抜ける頃、雲が切れて日が差してきた。僅かにのぞく清澄な青空を、故人の魂が軽やかに飛んで行くように思えた。去年から今年へ、随分沢山の知人や親しいペットたちが旅立って逝った。次に逝くのは母であろうが、それを無常とは思っていない。

東京北社会保険病院下の桜並木を母の車椅子を押していると、老夫婦に声をかけられた。「遠くまで行かれたようですね。」と老人は話した。「ええ、駅前で買い物しての帰りです。」と答えながら、老夫婦が誰だったのか考えた。その内、老人が愛犬の話を始めた。それでやっと、いつもシーズー2頭を散歩させているおじいさんだと気付いた。出会う時、ペット好きが災いして、シーズーばかり相手していて、飼い主の顔は殆ど見ていなかったようだ。
最近、そのようなことがしばしばある。もっとも私だって、母の車椅子なしで一人で歩いていると、出会った人は私が分からないようだ。老夫婦と、25日に開園する傍らの公園の話をして別れた。帰宅すると姉が来ていた。母の部屋の掃除を頼み、私は一休みした。

午後、テレビを点けると若者が下手な九州弁で話していた。画面には夕暮れの光の中に東京タワーが映っていた。話題のドラマ「東京タワー」である。しかし、筑豊出身の主人公が「・・・ばってん」と長崎弁を喋るのが聞くに堪えず、すぐに切った。後で、そのことを母に話すと、「東京タワー」は九州弁が気持ち悪いので見ないと話していた。

今、人気の東国原知事の宮崎弁も同窓生の間では変だと言われている。知事の出身は元薩摩領の都城で、彼の言葉は鹿児島弁に近い。よく彼が口にする「どげんかせんといかん。」は、正確な宮崎弁では「どんげかせんといかん。」になる。
かように方言は大変難しい。私の郷里は旧飫肥藩の日南市で、険しい山地で隔たれた県中央部の宮崎周辺の言葉とかなり違う。飫肥藩の優美なイントネーションの言葉と比べると、宮崎市周辺の言葉は野卑で、どうしても馴染めなかった。その感覚は今も引きずっていて、宮崎市出身の同窓生たちと会っても宮崎弁はまったく話さない。

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