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2007年4月26日 (木)

寒い雨の日のまどろみ。2007年3月25日

激しい雨の中散歩へ出た。御諏訪神社脇の急坂を雨水が激しく流れ、埃で汚れていた車椅子の車輪が洗われて綺麗になった。

雨の日の散歩は子供の頃から好きだ。資材不足の昭和20年代はこうもり傘は貴重品で、子供の傘は殆ど唐傘だった。新品の唐傘は桐油の独特の香りがして、傘屋が持ち主の名前を黒々と入れてくれた。
バリバリと音をたてて開くと、淡黄色の傘が頭上に広がり頭上がパッと明るくなった。雨が当たる音もパラパラと心地良く、子供たちは唐傘を重ねて屋根を作り、雨の中で遊んだ。
しかし、手入れが大変で、雨の後、すぐに乾かさないとカビが生えて、頭の止め糸が切れてバラバラになった。長持ちのしない唐傘の時代は長く続かず、昭和30年代に入るとこうもり傘に変わった。しかし、こうもり傘は頭上が暗くて気持ちが沈み、雨の散歩の楽しさは半減した。

10代半ばから登山に熱中し、雨の登山は好きだった。登山で辛いのは暑さと喉の渇きだが、雨は涼しく、顔を流れる雨水が乾きを押さえてくれた。
山の雨は凍えるように寒い。テントを張って、濡れた服を着替え食事が済めば早々と寝袋に入った。テントを打つ雨音を聞きながら、寝袋でぬくぬくとまどろむ心地良さは何にも代え難かった。今も、眠れない長い夜に雨のテントを思い返すと、気持ちが安らぐ。

自然公園の乾き切った地面はたっぷりと水を吸って草木が生き返り、水量の増したせせらぎの音が誰もいない園内を響いていた。遠くで鶯が鳴いていた。まだ若鳥で「ホーホー、ケ・・」と後の「ケキョ」が出て来ない。後、1ヶ月もすれば「ホーホケキョ」ときちんと鳴けるようになるだろう。
出がけ、母は喉がかれていたが、雨の散歩で喉が潤い、顔に当たる風が心地良いと、喜んでいた。

炊事棟に母を置いて、四葉のクローバーを探した。いつも見つける場所があるが、今年はまだ見つからず、少し気分が沈んだ。
古民家で休んで帰路につくと、係のTさんが追いかけて来た。
「突然、人事異動で古民家は今月一杯で辞めることになりました。」そう言って「会えないのが残念」と付け加えた。
始まりがあれば終わりがあり、変わらずに続く事は何一つない。それが自然公園で学んだ事だ。
帰り道、雨は止んだ。緑道公園の桜広場はやっと一分咲きだが、桜祭りは賑わっていた。

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