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2007年4月 2日 (月)

今年、3人目の訃報。2006年11月3日

末期がんで危篤状態だったMさんが今朝の午前0時30分に亡くなった。享年83歳
亡くなった時間に私は何をしていたか考えた。
その時、私は絵を描くのを止めて筆を洗っていたような気がする。
その時、彼女の魂が訪ねて来たのではと思い返したが何も気がつかなかった。
しかし昨日は、朝から胸騒ぎがしてMさんの容態が気になり、帰宅するとすぐに、身内へ電話を入れた。すると、医師から危ないと連絡が入り、全員が指扇の老人病院へ行っていると留守番が話していた。瀕死の彼女が私に何か訴えていたのかもしれない。

葬儀は菩提寺の僧侶の日程の都合で来週半ばに行われる。今は葬儀社が死体安置施設を持ち、自在に日程が組めるようになっている。
Mさんは生前から葬儀を互助会に頼んであった。安上がりのはずなのに、次々と余分なものを押し付けられ、葬儀出費は余分に250万かかる。更に、会食費用、葬儀社の社員への心付け、僧侶への読経料に戒名料、納骨の費用、49日等の法事等々を加算すると、少なく見積もっても500万は下らない。
「あれよあれよと思っている間に、担当者に次々と上積みされてしまったの。」と身内は諦め気味に話していた。家業が好調の頃なら何でもない額であるが、今は大変である。

Mさんのご主人が亡くなった時も、同じ互助会が関わっていた。その時は万事不都合だらけで、「きちんと仕事をしろ。」と担当者を怒鳴った記憶がある。それなのに、Mさんは引き続き頼んでいたようだ。当時、Mさんの家業はバブル景気で絶好調で、担当者の口車は承知の上で、鷹揚に契約を続けてしまったのかもしれない。

Mさんのお父さんは40そこそこで胃ガンで亡くなっている。Mさんは、いつも、「私も父みたいに胃ガンで死ぬ。」と話していた。そして、その通りになったのは、予感が正確だったのか。それとも暗示にかかって胃ガンになってしまったのか。私は二つの要因が影響し合ったのだと思っている。

今年、3人目の知人の訃報を聞いた。親しくしていたネコのモモちゃんとブーちゃん、ゴールデンレトリバーのラッキー君も逝ってしまった。故人たちの冥福を祈りながら、これ以上の訃報が訪れないことを心から願った。

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