« 躑躅忌。07年4月30日 | トップページ | 夏日に母は軽い熱中症を起こした。07年5月2日 »

2007年5月 1日 (火)

赤羽台はミズキが多い。07年5月1日

雨が降りそうなので早出した。
曇り空に紅や白の躑躅が美しい。最近、好きになった花はミズキである。ミズキは郷里南九州では見かけない木である。ハート形の葉の上に白い花かんざしのように咲く姿は、始めて見た時、とても不思議な印象を受けた。

記憶に残る花なので、私のホームページの「風の音」の一場面、f-120の雨の景色に、名前を知らないままミズキを描き入れた。
植物に詳しい上越の医師会会長をされているS氏に絵を見せて何の木か聞くと、たちどころに「ミズキ」の名が返って来た。ミズキの名前は知っていたが、街路樹に使われているハナミズキのことだと思い込んでいて、本当のミズキがそれとは思いもしなかった。

ミズキは殊に冬の樹形が美しい。晴れた冬の空に紅色の枝を広げている端正な姿は心を打つ。秋の紅葉も捨てがたい。10月辺りから透明感を増し、ピンクから黄色に紅葉する葉は、実に清楚で上品である。
ミズキの名は、その木を目標に水脈を探した事に由来する。その所為か、昔の谷沿いに作られた自然公園や、東京北社会保険病院下の斜面に多く自生している。

百花繚乱の季節である。帰り道の桐ヶ丘団地の斜面では野バラが満開であった。小振りな白い花を嗅ぐと薔薇の甘い香りがした。香りは園芸種より野バラの方が強いように感じる。
団地の名の元になった桐も今が満開である。藤色の花が路傍に沢山落ちているので、拾って嗅ぐと甘い品の良い香りがした。

桐の巨木を見上げていると、車椅子の母が、戦時中、仕事を兼ねて疎開していた日田市の話を始めた。日田は桐下駄の産地で、町中、アク抜きの為に桐の用材丸く積み上げられていた。物資が逼迫している時代で、父は、下駄職人に頼んで、家族全員の下駄を大量に作ってもらった。その残りは、昭和24,5年辺りまで使った記憶がある。私の子供用下駄は、ヨットや自動車の絵がペンキで描き込まれていて、私はとても気に入っていた。

昔の事を思い出しているうちに、ポツポツと雨が落ち始めた。雨具はあるが取り出す程ではない。急ぎ足で、住まいに着く頃には雨は止んでいた。昨日の暑さは去って、今日は涼しい散歩ができた。

|

« 躑躅忌。07年4月30日 | トップページ | 夏日に母は軽い熱中症を起こした。07年5月2日 »