写真を撮られる事で、母はガンを克服。07年5月27日
夕暮れ、玄関から通路に出ると、大宮上空の大きな雲から幾筋もの後光が地上を照らしていた。雲の上部の空間の青空が清々しい。ぼんやり眺めていると、仕事部屋でかけているドボルザークの「家路」が開け放った窓から聞こえた。しばらく眺めていると、ふいに、にわか雨がやって来て手摺を叩いた。しかし、大宮方面は夕日に照らされている。実に不思議でシュールな夕暮れであった。
自然公園古民家前の田圃の土手上に、クローバーに囲まれた短い田舎道がある。今日は、熱い日射しが照りつけるその田舎道に母の車椅子を置き、写真を撮った。写真は帰宅してから、母が毎日書いている兄への葉書にプリントした。
最近気付いたことだが、写真を撮ることが母の体調維持に役立っているようだ。母はカメラを向けると反射的に笑顔になる。そして、プリントした笑顔の写真を見て再び喜ぶ。そして、写真を見た兄から返事が来て嬉しそうに読み返す。その一連の笑顔や喜びが、とても健康に良いようだ。
以前、笑ってガンを克服する米国のグループをテレビで見たことがある。笑うと、ストレスが消え、免疫力が賦活する、と指導していた医師が話していた。母は笑顔に加え、多数のサプリメントや舞茸のエキスも欠かさない。それらが相乗的にガンや老いに効いているのかもしれない。
元気になったとは言え、母には死の足音が確実に聞こえるようだ。今朝、散歩の準備をしていると、臙脂色の絞りの着物を見せて、「白菊会へ行く時、これを着せてね。」と言った。白菊会とは日医大が運営する献体の会である。「白菊会に出席するの。」私は一瞬、年一回開催される法要に出席するのかと誤解した。「違うよ。法要ではなくて、行く時のこと。」と母は語尾を濁した。死を覚悟していると言っても、あからさまに死に装束として着せてくれ、とは言いにくかったようだ。
8月で母は94歳。今の様子では、ほぼ達成出来る年齢であるが、それから先は、いつ逝っても仕方が無いと思っている。
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