« 行方不明の歯科医の消息。07年5月3日 | トップページ | 客観性を捨てれば幸せになれる。07年5月6日 »

2007年5月 4日 (金)

歯磨きの3分間は息苦しくなる程長い。07年5月4日

毎食後、歯磨きに励んでいる。使っているのは超音波の電動ブラシで正確に3分間で終わる。ディズニーランドのビックサンダーマウンテンの走っている時間は3分だから、それと比べると分かりやすい。
この3分間は意外に長い。時には堪え難く長く感じ、歯磨きが永遠に続くように思えて息苦しくなる。それで、砂時計を立て、時間を計りながら歯磨きする。残り時間が分かるだけで、歯磨きのストレスは軽減するようだ。

先日、歯磨きをしながら、この何時終わるか分からない苦痛は臨終に似ているのでは、と思った。死への苦痛と絶望的に闘っていると、突然に楽になって安らかな世界が開ける。その時、臨死体験者は爽やかな自然や花畑が広がる、と話す。私も子供の頃、郷里の海水浴場の遊泳禁止のロープの外で泳いでいた時、突然に溺れかけた年上の子供にしがみつかれたことがある。何度も何度も水中に引きずり込まれ、堪え難く苦しかったが、突然に楽になって、頭上に明るい青空と白い雲が見えた。今思うと、それが臨死体験の入り口だったのかもしれない。

しかし私は、最後の力を振り絞って海底の砂を蹴って、しがみついている男の子を引きずるように浮き上がった。すると目の前に浮き袋に乗った中学生がいて、助けてくれた。
帰宅した私の話を聞いた母は激怒して、私の手を引いて、しがみついた年上の子の家に押しかけ、親に厳しく抗議した。

死への苦しみが堪え難いのは、永遠に続くように思えるからだ。
とすれば、死に立ち会う者は、絶え間なく「すぐに、楽になりますよ。」と語りかけるべきかもしれない。その言葉は歯磨きの砂時計の役割を果たし、臨終を迎える者に安らぎを与えてくれる。更に加えるなら、死の意味は深く考えず、大いなる安らぎと妄信すべきだ。だれも経験していない死については、自分が一番心地良いと思う形を当てはめれば良い。「信ずれば救われん。」この聖書の言葉の意味はとても深い。

最近母は、死に関わることをよく話す。今日も自然公園でミズキの花を見上げながら、ふいに「こんなに、長生きするとは思わなかった。」と呟いた。そして、唐突に祖父や祖母の臨終の様を話し始めた。私は、母は自分の死期が近いと感じているのでは、と思った。

そんなこともあり、最近、臨終間近の母に語りかける言葉を考えている。
相手が若者なら「しっかりしろ。」と励ますが、老人には「すぐに楽になります。」が一番ふさわしいような気がする。

|

« 行方不明の歯科医の消息。07年5月3日 | トップページ | 客観性を捨てれば幸せになれる。07年5月6日 »