« 薄型テレビ売り場。07年5月22日 | トップページ | 剣先イカでイカソーメン。07年5月24日 »

2007年5月23日 (水)

5年目の介護生活。07年5月23日

母に肝臓ガンが見つかってから5年目である。手術しても腫瘍マーカー値は下がらず、せいぜい2,3年の命と思っていたのに、今まで生きているのが嘘のようだ。それは母も同じで、「とんでもなく長生きしてしまった。94歳になった自分が信じられない。」と、よく口にする。

今は馴れてしまったが、介護を始めた頃は本当に辛かった。殊に、駒込病院でガン治療している頃は、収入も途絶え大変だった。今の保険制度では個々の病院の事情で自己負担が多くなっている。名目では35000円以上は戻って来ることになっているが、実際は保険対象外の費用が多く、20万近い負担の月でも、殆どが戻って来ず、がっかりした。

おまけに病院食は最悪で、母は殆ど口にしない。仕方なく、食事を毎日病院へ運んでいたが、必要量は補えず母の体力低下は止まらなかった。手術が成功しても、栄養失調で死ぬのではと思っていた程だ。今でも、暗く沈んだ気持ちで行き来した田端駅から病院への長い坂を辛く思い出す。

そんな苦境の中、人の情けが本当に身に染みた。苦境は人を判別するリトマス試験紙のようなものだ。日頃、口先で親切な事を言っていた人が、いざとなると離れて行き、そうでもなかった人が助けを申し出てくれた。好意は気持ちだけ頂き、出来る限り自力で耐えたが、人の誠実さはそれぞれの資質の問題で、付き合いの深さは関係ないと痛感した。

介護生活の中で私自身も精神的に成長した。毎日、車椅子を12,3キロを押しているのが良い精神修養になったようだ。加えて、散歩コースで出会う老人達に古い日本の心を思い出し、車椅子に配慮してくれる若者達に現代日本の優しさを発見した。

私は、母が倒れた事で救われたと信じている。それ以前の自分は軽薄で思い出すのも厭になる。先日、押し入れを片付けていて、古いパナマ帽が出て来た。それはバブルの頃、銀座で高く買った品だ。山鳥の羽を貼付けたベルト付きのお洒落な帽子で殆どかぶっていない。しかし、地が痛み始めているので、普段に被ることにした。それは軽薄な頃の自分を思い出させ、少し恥ずかしいが気にしない事にした。

|

« 薄型テレビ売り場。07年5月22日 | トップページ | 剣先イカでイカソーメン。07年5月24日 »