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2007年6月22日 (金)

川面の記憶。07年6月22日

今日は久しぶりに雨の予報。
朝はまだ雨は落ちていないので、雨具無しで母を内科検診に生協浮間診療所へ連れて出た。
途中、埼京線の北赤羽駅に人だかりがしている。電光掲示板を見ると、大宮駅構内で架線が切れ不通とのこと。通勤客は大変だな、と母と話しながら診療所へ着くと、予約を取った院長が電車が不通で来ていない。
「母はいつもと変わりませんから、診察無しで薬だけ処方して下さい。」と受付に頼むと、代診の先生でいかがですかと聞く。それなら有り難いと承諾すると、待ち時間なしで若い医師の診察を受けられた。この診療所の医師は外れがいない。今日の30代後半の医師も優しく母に応対してくれた。

診察が終わり、外へ出ると雨が落ち始めていた。濡れる程ではないが母は気にするので、常備しているビニールシートを母にかけてテープで止めた。浮間地区は車と自転車が多いので気が疲れる。早く抜け出たいので飛ばして行くと、蒸し暑さで汗だくになった。御諏訪神社の坂を上り切ると、静かな桜並木でホッとする。東京北社会保険病院下の公園で母を少し歩かせて、病院の庭を抜けて帰路についた。
雨は本降りになり、乾いた地面が潤いアジサイが元気になっていた。住まい下の新河岸川川面が雨で鈍く光っているのが美しい。

10時に家に着き、母を置いて床屋さんへ行った。
雨で空いていると思ったが混んでいる。出直すのは面倒なので、スケッチブックに絵を描きながら待った。本棚の週刊現代が気になり、描く手を休めグラビアページを開いた。写真は吉田首相が講和条約調印から帰国した羽田空港のカラー写真。撮ったのはGHQの専属カメラマン。デジタル処理がされているとしても、鮮明な写真に当時の米国技術水準の高さに驚かされる。


飛行機の傍らにクラシックな車があるのでスケッチした。それは米軍の生活用車で、4,5歳の頃、米軍相手の仕事で成功していた伯父を小倉に訪ねた時、街をそれと同じカーキ色の車が沢山走っていた。丸みを帯びた車体のバンで、流線型の泥よけにスペアタイヤが乗せてあるクラシックスタイルが懐かしい。

散髪は1時15分前に終わり、駅前で買い物をして急いで帰宅した。
午後3時、期待していた雨は止んで青空が見えた。明日は晴れるらしい。テレビを点けると、小林桂樹主演の犯罪ドラマをやっていた。小林桂樹の背景には川面が煌めいている。その堤防の手摺と川面の煌めきは確かに見覚えがある。見入っているとカメラはパーンして鉄橋を写し、遠くの山並みを映した。それで、はっきりと撮影場所が宮崎市内の大淀川河畔だと判った。
16〜18歳の頃、その撮影場所から、毎日のようにスケッチしていた。夕暮れは刻々と変化する夕景色を数十枚もスケッチした。それ程に、熱中していた風景なので、ごく一部を見ただけで記憶が蘇った。

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