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2007年6月24日 (日)

好天の原宿。07年6月23日

散歩中「昨日、田舎はどうだったの。」と車椅子の母が聞いた。母は私が田舎へ行って来たと思っているようだ。「行ったのは原宿だよ。」と言うと、母は少し考えていてから「そうそう、原宿は繁華街だったね。」と、やっと分かった。そのように母の記憶は時折先祖帰りすることがある。確かに、原宿の名前は田舎の宿場町風だが、母が戦前の原宿村を知っている訳はない。原宿育ちの知人の話を体験したように記憶しているのである。

昨日は雲一つない好天だった。
気温は上がったが爽やかな風が吹いていた。午前中の散歩は早めに切り上げ、午後、母の夕飯を用意して、知人の彫刻展へ原宿へ出かけた。
久しぶりの表参道のケヤキ並木は、綺麗な子に出会う確率が高くて楽しかった。「おっ、良い女。あっ、綺麗な足。」と、すれ違いながら呟きどうしだった。若いタレントが原宿で声をかけられて芸能界入りしたと話すが、私もいつの間にか、プロダクションのスカウトの心持ちになっていた。

青山通りとの交差点近くの作品展会場で知人と待ち合わせていた。その知人は近くで工芸品の店を経営していて、その彫刻家に紹介することになっている。
知人が取扱っている工芸品は彫刻家が副業で作った品が多い。日本の彫刻家はバブル崩壊以来、公共事業からの受注が激減して、彫刻専業で食べて行くのは難しくなった。芸術に関しては日本は後進国である。アメリカ等先進国は、公共的な建築物を建てる時は建設費の一定割合をアートに投じるように法制化されている。だから、建築物が出来る都度、アーティストは潤うことになる。

知人を彫刻家に紹介してから、知人の店へ行きお茶を飲んだ。帰りがけ土産にと、近所のレストラン特製のリンゴジュースを貰った。
帰り道も表参道を通った。ビルの間から六本木ヒルズが未来都市の廃墟の様に見えた。途中、同潤会アパート跡の表参道ヒルズを覗いたが、人が多くて疲れそうなのですぐに出た。私には古いアパートの頃の方が安らぎがあって好きだった。

帰りに池袋のビックカメラに寄り、CDRとプリンターインクを買って帰った。
北赤羽駅を出ると素晴らしい夕日だった。いつものことながら、都心から赤羽に戻ると安らぐ。直ぐに母に電話すると、丁度、夕飯を食べ終わった所だった。

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