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2007年6月27日 (水)

人の英知は厄介なものだ。07年6月27日

博多の兄へ送る写真を探していた。風景写真をスライドショーで見ながら、ふいに、母が逝った後の風景も、これと同じだろうと思った。
この7年間に、5人の知人が逝った。真っ先に一番高齢でガンを抱えた母が逝くと思っていたのに、予想は外れるものだ。人の移り変わりに比べ、空も四季の風景も今と変わらない。これから先も、それ程は変わらないだろう。

結婚や出産の知らせも多かった。今日も、結婚の報告メールがあった。相手は彼女の日大芸術学部の先輩である。彼女は、絵描き、シャンソン歌手、タレント、と多彩に活動していていた。
最後の頃、彼女はお台場のフジテレビで収録があり、終わったら展望室で会う約束をした。しかし、約束の時間になっても来ない。場所を間違えたと思い、携帯に電話をするが通じない。30分程やきもきしていたが、諦めて帰った。後日、収録が伸びて連絡出来なかったと電話があった。しかし、それをきっかけに何となく疎遠になった。同じ頃、母が倒れ介護生活に入った事も大きかった。

彼女のメールには、幸せな様子の写真を送りたいが住所は同じか、とあった。
私の歳になると、そのような幸せ一杯の写真を送りつけられても、素直に祝福出来る。しかし、若い知人達はそうは行かないようだ。今年の正月も、家族写真の年賀状を貰って、「思いやりが無いやつ。」と、怒りの電話をして来た人がいた。その気持ちもよく理解出来る。

昨夜は銀座をうろついていた。
遊びに行ったのではなく、銀座1丁目の出版社で催された介護を考える女性フォーラムに出席しての帰りである。女性の集まりだったが、企画のヒロさんの好意で最後に話すことになり、私は前に出て死の看取り方について話した。会場はジャーナリストから社会学者と知的水準が高く、ささやかな言葉でも深読みして貰え反応が良い。そうなると性癖のサービス精神が頭をもたげ、笑いを取りに行ってしまった。それはそれで、好評だったのだが、会場を出て一人になると、喋りすぎた気がして自己嫌悪に陥った。

しかし、銀座のネオンは厭なことを薄れさせる。昔は憂さ晴らしに、この明かりに誘われて遊びに来ていた。「話してしまった言葉は忘れよう。」と、新しく開店したマックストアーで新製品を試し、無心に楽しんだ。それから、閉店前の木村屋に次々と客が入って行くのにつられて、母にもアンパンを、と思った。しかし、母の回復した食欲は、有用な蛋白質や野菜の摂取に向けるべきで、アンパンではもったいないと、思い留まった。

帰りの京浜東北線の私の前にバイオリンを持った清楚な美しい女性が座っていた。ただの親父が物欲しげに見とれていただけのことだが、外出して良かったと思った。最近は知人の作品展や催し物の誘いは、時間が許す限り行くことにしている。高齢の老人の体調は不安定で、そのうちすぐに、介護に忙殺されるからである。
8時半に帰宅すると、母はベットに腰かけていた。「久しぶりの銀座は楽しかったでしょう。」母は笑顔で聞いた。「まあね・・・これ貰った。」私はポケットからトマトを出した。トマトは帰りがけにヒロさんから貰ったものだ。シャワーを浴びた後、ヨーグルトと一緒に食べたが、新鮮でとても美味かった。

今は11時。キーボードを打ちながら、シークレット・ガーデンの「ノクターン」を聴いている。このCDは出版社を辞めて父親の介護に専念された方からクリスマスに送ってもらった。彼女は去年の春に介護生活から開放されたが、今も喪失感に悩んでいる。人の英知は厄介で、野生動物の様に、あるがままには生きられない。

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