東京は優しい人が多い。07年7月13日
夕暮れから雨が降ると言っていたが、少しぱらついただけで今は止んでいる。
テレビを消して、仕事をしていると微かにヒグラシの声が聞こえた。玄関前にでると、新河岸川沿いのシデノキの中から聞こえて来る。灯りの点き始めた街を眺めながら、この優しい声に聞き入っていると、心の中まで澄み切って来る。
大型の台風4号が列島沿いに北上し、東京を直撃しそうだ。この時期の台風は、昔は稀だったが、温暖化の今は普通になってしまった。
朝は涼しい霧の中、母を川向こうの浮間生協浮間診療所へ定期診察に連れて行った。別段異常は無いので診察はすぐに終わり、処方箋が出るのを待った。
待合室には車椅子の認知症のおばあさんが診察を待っていた。付き添いの娘らしき40代の女性がおばあさんの世話をやいている。頬ずりをしたり、足をマッサージしたり、次々とビックリする程の世話のやきようである。「本当に優しい方ね。ほらマサキ、よーく見ていなさい。」母は小声で言った。「馬鹿馬鹿しい。」私はそっぽを向いて、読んでいたアエラのミートホープの食肉偽装事件の記事に目を落した。「もうすぐでちゅよ。待っていまちょうね。」孝行娘の赤ん坊をあやすような声が聞こえて、背中の辺りがムズムズしてきた。
処方箋が出たので急いで外へ出た。
「いくら認知症でも、大人を赤ちゃん扱いするのは気持ち悪いよ。」車椅子を押しながら母に言うと「そう言えば、ちょっとオーバーで不自然ね。人が見ているので演じていたのかしら。」と、母も変に感じた様子だった。
以前は認知症の老人が子供扱いされていたが、今は殆どそれはない。どんなに認知症が進んでいても、頭の何処かに大人の感情が残っていてプライドを傷付けるからである。それに、あのかいがいしさは長丁場の介護生活で続けるのは大変難しい。
薬局に処方箋を出して駅前へ買い物へ出た。途中、立ち飲み酒屋の店主がいたので声をかけた。昨日の小雨の帰りがけ「傘を貸すよ。」と店主は声をかけてくれたが「大丈夫です。」と断ったのが愛想がないようで気になっていたからだ。
「雨具は持っていたんだけど、被ると蒸し暑いので、そのままにしていたんです。」言い訳した私に、店主は笑顔で頷いていた。酒屋では、たまに海苔などを買うだけだが、毎日母の車椅子を押して行き来するので、店主も客も気遣ってくれる。
車椅子で母を連れ出し始めてから5年目、世間の優しい気遣いを数多く知った。東京は冷たいと言うが、それは小さな一面に過ぎない。私は最近、本当は優しい人が多い街だと思うようになった。
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