« 老親や妻を介護する男たち。07年7月20日 | トップページ | 高齢者にとって病院は社交の場だが、若い患者には深刻な場所。07年7月23日 »

2007年7月21日 (土)

すべて病は治療より予防が簡単。07年7月21日

自然公園の古民家では昼食の準備中だった。昔ながらの質素な食事を子供たちに体験させる催しである。その後、今夜はキャンプで、炊事棟には飯ごうと食品の段ボール箱が並んでいた。

園内で車椅子仲間のOさんに会った。Oさんは夫人が作った船の折り紙細工を母へ渡した。我が家には山のように母の手芸作品があるが、「お心遣いがとても嬉しいです。」と、母は何度もお礼を言っていた。
挨拶したり、ちょっとした物をやり取りする老人同士のささやかな繋がりは、老人達を元気にさせる。対して、社会と断絶されがちな介護施設は問題が多い。
去年亡くなったMさんは大宮郊外の辺鄙な老人施設に入っていた。ごく平均的なグループホームであるが、Mさんを訪ねると、「惚けている人ばかりで、誰とも会話が出来なくて寂しい。」と嘆いていた。それから2年を経ずして、彼女は急速に弱り亡くなってしまった。

最近、古い映画を借りて母に見せている。先日は「人生とんぼ返り」を見せた。大正から昭和初期の芝居小屋の物語で、芝居好きの母には大変懐かしい場面ばかりだ。それ以来、母は何度も芝居小屋の思い出を楽しそうに話す。そんな生き生きとした母を見ていると、古い思い出の効果を実感する。老親と同居されている方は、是非、親が一番親しんだ時代を描いた映画を見せてあげてほしい。必ず良い結果が得られる。

上記のMさんには、若い頃から大変お世話になった。
30過ぎの頃、私は極度のガンノイローゼで、自分は肺ガンに罹っていると思い込んだ時期があった。その時、心配した彼女は築地ガンセンターの肺ガンの専門医を紹介してくれた。
細胞診、胸部断層写真、と検査が一通り終わって、一つだけ引っかかった項目があった。
「血糖値がやや不規則に上がっています。病的と言う程ではないが、気を付けたが良いかもしれない。」と医師は指摘した。
その瞬間から、私のノイローゼはガンから糖尿病に乗り替わった。病院の帰り、早速書店に寄って糖尿病関係の書籍を買い集め、専門医並みの知識を身につけてしまった。当時、家庭用の血糖検査装置が出たばかりだったが、それも知人の医師を通じて買い求めた。糖尿病治療最先端の東京女子医大へも通った。診断結果は、ややインシュリンの働きの弱いタイプで気にする程ではなかったが、私は大いに気にした。

私は食べる事が大好きな上、甘いものに目がなく、危惧しながらも、完璧な節制はしていなかった。ただ、散歩だけは止めなかったのが救いで、今も母の車椅子押しが苦もなく続けられ、糖尿病もギリギリで回避できた。今は体重管理に運動と完璧に実践しているので、血糖値は極めて健康な数値を保っている。
もし、Mさんが築地を紹介してくれなかったら、私は不幸な病歴を辿っていたかもしれない。同じ頃、軽い糖尿を発症した知人は軽く見過し、今は網膜症、腎不全と、大変な思いをしている。心当たりのある方は、治療より予防の方が遥かに簡単なことを肝に命じて欲しい。

私は上の姉に、その体質を持っていそうだから食事と運動に留意するように、度々忠告してきた。しかし、姉は聞き流して糖尿病になってしまった。今は節制と治療に励んでいるが、残念ながら遅きに失した。

|

« 老親や妻を介護する男たち。07年7月20日 | トップページ | 高齢者にとって病院は社交の場だが、若い患者には深刻な場所。07年7月23日 »